信じない信じたい信じられない

「ん・・・・!!」

突然の侵入者はの手首を掴みグイと身を引き寄せた。
声を出す前に覆われた唇はやたらと乾いており痛みが生じると錯覚すら。
驚き見開いた眼に映ったのはあの男だ、の心から出て行かないあの男とは違う。
歪んだ視界が男の姿さえ消した。

「あ、んた」
「よォ、久々」

間抜けなお姫さん、薄くぎらついた眼差しがを射抜いた。




渡久地のいた部屋はとても居心地がよかったように思える。
あの男はよくも悪くも普通であり気が滅入る事もなかった。
本当に笑えるくらい普通の恋人同士だった、渡久地の事を愛していた。
そんな渡久地が途端豹変したのは何時頃だっただろう、無口になりショウに背ばかりを見せるようになった。
原因はすぐに理解ったがはあえて口を挟まなかった。西園がいたから。

「なぁ・・・」
「何?」
「お前さ、」

俺に隠してる事ねェ?
やたらと弱気な声がそう囁いた時は途端泣き出しそうになった己を無理矢理に抑えた。
あんたに隠してる事なんて山ほどよ馬鹿、笑いながらそう答えれば渡久地もつられたように笑う。
節目がちな視線がを消した、もう駄目だと思った。
抉られた渡久地の目にはバーコードがあったらしい、の事だけは信じていたというのに。
只の女で構わないとすら思わせてくれた渡久地に対し
隠し続けている事が仮に間違いだろうがそれで構わない、ショップのお姉さんで構わない。

「菊夫」
「・・・ん?」
「何か嫌な事でもあった?」
「まさか」
「いなくならないで、」
「・・・」
「お願いだから」
縋るように抱き締めた。




性的な行為に対しての興味は恐らく淡白だ、どの道異常者には違いない。
口付けたのは西園なりの嫌がらせなのだろう―
ショップ帰りのはティッシュでグロス毎拭い去った。
閑散とした室内には何もなく動揺を無理に抑えたが西園を見上げた。
壁には渡久地のタペストリーが、西園がそれを指先でなぞり嘲笑っている。

「ちょっと」
「あ?」
「触らないでよ」
「は!」
「菊夫に触らないで!!」
「お〜怖ェ怖ェ」

大体あんた一体何しに来たのよ、あんた何なのよ、
渡久地の前では決して泣かなかったが容易く泣いている。
西園は本当に簡単にを追い詰めるものだから面白味もないのだと。
渡久地が死んだ事を未だに引き摺っているが気に入らないだけだ、
お前はずっと俺の事だけ考えてりゃいいんだよ、子供染みた独占欲は果てを知らない。

「何が欲しい?」
「菊夫を返して」
「んだよ・・・」
「淋しいのよ!!」

あんたじゃ駄目なのよ菊夫じゃなきゃ駄目なのよあたしは―
ミスったなこりゃあ、の姿を見ながら漠然とそう思う。
渡久地の動向を操作する為にを離したもののミイラ取りがミイラになる―
は渡久地に魅入られた。
馬鹿が俺の方がよっぽどいい男じゃねぇか、あの負け犬よりはな、
を見下ろしながらふと西園は悪寒を感じる。

「俺で我慢しな、
「無理」
「他にいんのかよ」
「―」

最初っからこうだったじゃねェか、テメエ夢見すぎてんだよ、
渡久地と一緒にいた頃がやはり夢のように。
あれは夢だったのかも知れない、いい夢だったとは思う。
否、思った。




「で、」
「・・・」
「結局あんた一人残ったってワケ?」
「ガキが舐めた口利いてんじゃないわよ」

西園伸二も死に結局はだけが残った形だ、
全一に限っては生死等関係ないといえる。
皆を謀り己だけが残った。
弖虎も成長しの背を軽く越える。

「派手な真似してるわね」
「あんた超さげマンじゃね〜の?」

おっかねぇ、弖虎はそう言い馬鹿笑いを。
が気だるそうに視線を上げる。

「何しに来たのよ」
「いや、別に」

顔でも見せとくかって、コイツが、
弖虎はそう言い指先で己が頭を指した。
そんな弖虎の横顔が余りにも面影を残していたから
は視線を外せなくなった、それだけの話だ。

渡久地超好きだった。泣ける・・・