ケルベロス

その気はなかったというのがの意見だったのだから仕方がない。
だからといってそれを鵜呑みにする必要もありはしないのだ。
最初の出会いは屯所、次は江戸の中であり今目の前にはいる。
土方はどうしてがここにいるのだろうと
当たり前の疑問を抱きつつそれを聞く事が出来ない。
沖田が相手をしていた。
近藤に至ってはやかましく騒ぎ立てるだろう、
そう思ってはいたが想像以上の騒々しさであり
つい先ほど出て行かせたところだ。
はにこにこと笑っていた。

「―で、何の用だ?」
「何度かお会いした事があるわ」
「あぁ」
「改めまして、ご挨拶に」

新年も迎えたところだし。
は立ち上がる。

「何の話だ?」
「こんな感じになってるのねェ・・・っていうかさ」

どうしてみんなあたしを招き入れたわけよ。
その時の眼差しが問題だったのだ。
深い闇がどこまでも続いているような目。
一瞬だが気を抜かれた。土方も立ち上がり向かい合う。

「やたら顔を合わせてたってのは偶然じゃねェのか」
「偶然なんてあるって思ってるの?案外可愛い男ね」
「お前は案外可愛くねェ女だな」

そう。最初から分かっていたはずだ。
何かを感じるという事は偶然ではないという事。
雑踏の中感じた視線の持ち主と偶然に視線がかち合った事実。
確かに偶然ではないだろう。そうして今はここにいる。

「どうした、その首の痣は」
「愛されたのさ」
「そりゃ随分、凝った愛し方だな」
「死ぬほど愛されてる」
「何しに来た」

女の首には絞められたような痣が残っている。
傍目に締められでもしたのだろうと予想のつく程度にだ。
土方は思う。
そうしては自分を見ているのだから仕様がない。
あからさま過ぎる罠の匂いがビシビシに刺激するのだ。
たまらなくなる。

「誘いに来たのかよ」
「だったらどうする?」
「後が怖そうだな、用件から先に言ってもらおうか」
「死んで」
「殺してみろよ」

両手を広げた土方には向かわなかった。只見上げていた。
頼まれた事は只一つ、土方の暗殺。
目的は未だ分からず―邪魔者の削除のようなものだとは思う。
飛び込んだのは目新しかったから。
無防備な状態でこの男の態度を見てみたかった。
安易な興味心の末の結末だ。

「いい女だな、器量もいい」
「いい男だわ、度量もある」

互いに思い飲み込んだ。
それなのに一体何が足りないのかしら。
向き合ったまま殺気さえ隠さなければじきに沖田辺りがひょっこり顔を出すのだろう。
が斬り捨てられては適わないし逆でも困る。
そう思った土方はを中庭に放り出した。
霧雨の中にが転がる。

「何やってるんでィ土方さん」
「お客人のお帰りだ」
「こりゃさん、水浴びですかィ」

すっとぼける沖田に視線を送りながらは立ち上がる。
土方はこちらに視線を寄越しこそしていたがすぐに背を向けた。
濡れた体を引き摺るは土産一つ持ち帰れなかった自分に辟易としながら夜空を見上げる。
月が笑っていた。

新年早々一体何の話なんだろうかと思いますよね。
初土方。全然愛がない、そんな一年。