マキシム

「ちょっ・・・あんた、どうしたのよ・・・」


は見るからに言葉を失った様子で
そんな場合ではないというのに秀人は笑ってしまった。
アスファルトを蹴るヒールの音が鋭角に近づく。
眼窩に血が滲み余り視界がよくないのだ。
だからの表情は見えない。
投げ捨てられたゴミくずのように
路地裏に寝転ぶ秀人の姿をよくも見つけたものだ。
関心と同時にこんなに危ない場所に
のこのこ一人で来るんじゃねェと苛立ちまでも覚えた。
はいつものように泣きそうな顔をしているのだろうか。
冷えた指先がふ、と頬に触れる。
何故この女は手酷く接す自分のような男に愛想を尽かないのだろう。
そんな事を考えた。趣味、思考、嗜好。口癖、癖、笑い方。
相手の全てを知ったつもりになればそれ以上踏み込もうと思わない。
それは本当に愛なのかと問われれば
愛なんてそんなものだろうと答える。
そんなものだと口先だけで呟いているにも拘らず
どうして惜しくなるのか。狂おしくなるのか。
離れていくのがこれ程恐ろしく思えたのか。
自ら離れていく分にはまるで厭わないというのに。


「何でこんな事になってんのよ」
「・・・煙草」
「馬鹿」


本当に馬鹿。
だっただろうか。
の小さな、あれは涙声だっただろうか。
兎も角小さな声が聞こえた気がし秀人は目を閉じる。
唇にフィルターが掠ったが吸い込む力さえ失った身体を知り
(恐らく も知っていたのだろう)諦めた。

まあ馬鹿なのは主人公だろうね。