リセット、リセット、リセット







私の知っている顔をした見知らぬ男の運転する車に乗り、
無言の応酬を続け一時間弱だ。
値の張りそうなこの車は速度さえ感じさせず、スピードだけを増す。
一寸でも間違えば即座にお陀仏だろう。
首都高に入り、窓の外を切る風景が一層煌びやかさを増した。


最初にこの男と出会ったのは、
内閣情報調査室と自身が所属する某国諜報組織との
非公式な談話だったと記憶している。
取引を円滑に行う為に同席させられただけで、
何の権限もなく、絵にかいたようなお飾り気分を味わった。


そこにこの男―――――蜂名直器はいた。
談話に同席する人物としては随分に若い男だと思い、
この男も自身と同様お飾りなのだろうかと考えたが道理が無い。
だからといって特に口を開くわけでもなし、彼はそこにいた。
国一つを動かす密談を行う男達はこの箱の中に揃ったわけだ。
自分というお飾りを除いて。


これまでにもこういう箱の中に飾られる事はあった為、
特に意識はしなかったのだが、その日は特にお飾りの、
もっと言えば入れ物のような、その場自体が
とんだ紛い物のような気持になり、とても具合の悪い思いをした。
何れにしても自分という女は紛い物だし、
そんな事は今更誰かに言われずとも知っている。


「…
「…」


談話が終わり、相手側から男の紹介を受ける。
そういう事なのかと思った。
似た年齢の男女を同席させたのは、
そういう意味合いだったのだと思い、苦笑する。
当の蜂名も予想だにしていなかったようで、
互いに視線を合わせ今後の算段を瞬間に行った。


年寄りたちを見送り、年寄りたちの用意した車に乗り合わせ
準備されていたホテルへ到着。
途中で雨が降り出した。
あの日も、今日も。


「あんた誰よ」
「!」
「あたしの知ってる蜂名直器ではないわ」


護衛のSPに部屋まで届けられ、ドアを閉めて数秒。
蜂名はネクタイを緩め、疲れたねと一言呟いた。
こういう場面は初めてではないが、
どうやら求められてはいないのだと察し様子を伺う。
まるで顔色の読めない男だと気づいた。
得体のしれない男と同席しているのだ。
魅入られたかのように僅かばかり意識を奪われ、ふと気づく。
顔を上げる。
大きな一枚ガラスに映る蜂名と目線が合った。


さん』
『!』
『君が思っているような事は一切起こらない。安心して休んで下さい』
『・・・この茶番は』


どういう事なのかしらと、思わず口をつく。
雨粒は勢いを増しガラスに叩き付けられ、
室内の空気をより一層重苦しいものにした。
自身の生き様をまるで否定されたような気がし、
少しだけ感情的になってしまったのかも知れない。
この国は という生き物を受け入れなかった。


『そう、憤らないでくれないか』
『…』
『僕は、君を受け入れないわけじゃない』


―――――知っているのだ。
この男は、自分の事を知っているのだ。
全身が一気に鳥肌立ち、次の行動を選べずにいた。










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何をどうしたのかは分からないが、
その翌日からこの国に駐在する事が決まり、
蜂名と頻繁に顔を合わせる事となった。
これまで門前払いだったにも関わらずだ。
人種と国籍の相違をこの国は受け入れなかった癖に。


あえて蜂名に尋ねるような真似はしなかったが、
この男が何かしたのだろうと思ってはいた。
顔を合わせる事が増え、異様に頭の切れる男だという事が分かり、
漠然とした不安を抱く。
この不安の名前は分からず、原因も分からない。
蜂名と一線を越えたのはそれから半年後の事だった。


「僕は君を知っている。
君は某国の諜報員の母親が我が国に滞在し、
諜報活動を行っていた時に出来た子供だ。
君の母親はその事実を隠し帰国、
どうにか隠れて君を産み落としはしたものの、処刑された。
諜報員が諜報先の国で子を孕むだなんて許されなかったのだろうね」
「どこに行くのよ」
「だから僕は君を知ってる」
「直器」
「どうやら僕は君と一線を越えたみたいだね」
「…」


母親は某国の諜報員だった。
この日本に諜報活動をしに来日、
大使館員として表向きは暮らしていたらしい。
全てが曖昧なのは、全てが人聞きの情報だからだ。
物心がついた時には既に両親は鬼籍に入り、
育ての親―――――
直属の上司でもある談話をしていた男の元にいた。
彼はとても優しかった。
優しさの中に厳しさも備え、万全の教育を与えた。
全ては完璧な駒を作り上げる為に。


「どこへ行くの…」
「君が望む場所」


隣に座る知った顔をした知らない男は
目前だけを見据え口を開く。


「君に会いたいと言っていてね、僕の父が。僕の父は、」


君の父親でもあるから。


だから、目の前にいる男は見知った知らない男なのだと知っていた。
あの時身を重ねた蜂名直器は既に消え、他の誰かになった。
そうでなければ、


「だから、何故僕は君を抱いたんだろうか」


似ているからかな。


≪僕は、君を受け入れないわけじゃない≫
あの時目の前の男が告げた言葉が浮かぶ。





見知らぬ男が私の名を呼ぶ。
すぐにでも逃げ出したいが逃げる場所などとうになく、
車はどこか見知らぬ場所へ自身を誘う。
半年前に初めて私を抱いた男は見知らぬ顔で、
私を抱いた理由を探していた。





第二弾、何故か蜂名直器。。。
近親相姦話になってしまったすまんね
いや、ほら彼は記憶なくしちゃうから、
それ関係の切ない話を書こうと思っていたはずが
何故かこういう話になってしまったのは、
撻器様が素敵過ぎたからかなって。。。
     長い歳月の為、みなさんお忘れになったかも知れませんが、
当サイトの主人公は基本的にロクな目に遭いません

2015/09/10

NEO HIMEISM