この傷跡を見て欲しいんだとメメは言った。
見て欲しいも何も、それはがつけた傷跡なわけで、
散々疲弊した後に捕らえられ、
今現在閑散とした部屋の中で後ろ手に縛られている身としては、頷きかねる。
この男から逃げに逃げ、こんな世界の果てにまで来てしまった。
今更帰り道も分からない。
この、随分人当たりの良さそうな触れ方で、
その実、他人に一切興味を示さない男のせいで人生が崩壊中だ。
「…何よ、あんた」
「うん?」
「シリアルキラーなの?こんなとこで、こんな真似」
「酷いな」
血を流してるのは俺だぜ。
「呪詛喰らってるのは、こっちなんだけど」
「君はさ、ちょっと体力があり過ぎるから―――――」
手首を拘束した呪詛は、少しずつ少しずつ、こちらの体力を削っていく。
この男らしい、厭らしいやり口だ。
窓の側に立ち、メメは何かを見つめている。
この建物の外が果たしてどんな景観なのか知らない。
連れ込まれる際、気絶していたからだ。
家具も何もないこの部屋を見渡せば、
やはりこの男は殺人鬼なのではないかと思える。
これまでの所業を思い返せば尚更だ。
「で、本題なんだけど」
「何」
「これ、見て」
目の前に突き出された掌。
「分かるかな、」
「…傷口が」
「そう」
確かに自身がつけた傷口から幾重もの腕が蠢いている。
半透明の小さな腕だ。
「何、それ」
「君を求めてる」
「…」
「こいつは君に憑くものだ。随分古い怪異で何代も何代も、
君の身体が朽ちても魂に憑き、今に至ってる」
そんな事は特に問題ではないんだけれど。
メメは続ける。
「話が通じる相手ではないんだ。こいつも、俺も」
「こっちに向けないで」
「おいおい、随分酷い事を言うね」
「何」
「これは君を求めてる。君を欲してるんだ。何年も、何百年も、ずっと」
「…」
「これが憑くと、これの記憶が否応なしに入って来るみたいで」
もう堪らなくお前が欲しいのだと吐き出す。
見た事のない顔で。
「ちょっと…」
「悪いけど、俺もこれに喰われるわけにはいかないんだ」
「メメ」
「イチかバチかになるけど―――――」
コイツにお前をくれてやろう。
メメの腕が伸び、どうにか身を捩るの頬に触れる。
幾重も指先がなぞる感触。
反射的に上げる悲鳴を重ねる唇で塞いだ。
逃げる間もなく壁は背についた。
身体を弄るメメの指先、前触れもなく強制的に蘇る過去の記憶。
考えた事もなかったが、そういえば付き合う男は悉く消えた。
あれは消えたのか、それとも。
それと同時に思い当たる。
だからメメは執拗に追ったのか。
たったの一度、こちらと寝たばかりに。
掌の傷口から半透明の腕が、肩が、ゆっくりと出て来る。
見た事もない顔をしたそれ。
「…!!!」
それが触れた刹那だ。
倒れ伏していたメメが起き上がり、何事かを呟いた。
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気づいた時には、すっかり日は暮れていた。
当然照明のない室内は、月明かりだけで辛うじて照らされていた。
身を起こし、両手を拘束していた呪詛がなくなっている事に気づく。
「気づいたかい」
「メメ…」
「やっぱり君は、随分、丈夫だ」
「あれは」
「封じたよ」
まるで理解は及ばず、それでも無意識に手首を見る。
青い呪詛が手首に染みつき入れ墨のようだ。
震える指先で触れると、微かに熱を持つ。
「共に生きて、共に死ぬんだ」
「…何よ、それ」
まるでプロポーズみたいねと、一人呟いた。
書きだしたら???となり難航したメメ
メメの話は割とそういう節がある
2017/06/01
なれ吠ゆるか/水珠 |