奇跡なんて知らない













内偵を続けている山崎が(続けている、というかそもそも
あいつの仕事といえばそれしかねェんですが)
怪訝そうな顔を引っ提げ戻って来たものだから、
特に何の期待もせず声をかけた。



どうしたィ。
珍しい事もあるもんだと
(そもそも俺ァ奴の様子になんざ一欠けらも、
一度足りとも興味がないもんで)
そうして何故だと言わんばかりの不安げな表情を目の当たりにし、
とりあえずの一発をお見舞い。
ぎゃあぎゃあと煩かったが、理由は聞きだせた。



桂が女と一緒にいる。
イロでも出来たのか、そう言えどもはっきりとしない。
そもそもあの男もいい年だし、
イロの一人や二人いたって不思議じゃあないわけで、
案の定詰まらない話を聞いてしまったと踵を返しかければ一言。
どこかで見た顔なんだけど。
こいつの見知った女といえば、こちらも恐らく知った女だ。



たったそれだけの言葉なのに、
今度はこちらがやけに気になってしまった。
気になるとすぐに身体が動いてしまう性質なもので、早速見に行く。



確かに桂の隣だ。
炎のような、燃え盛る眼差しの女がいた。



どこかで見たような気もするが、それよりも眼差しばかりに目が行き、
それから頻繁に追いかけるようになる。
平たくいえばストーカーという奴だ。
ストーカーというか、近藤さんと同じだ。
我ながら不快だがどうする事も出来ない。



そんな生活を一月も繰り返していれば、光景そのものが当然になる。
まるで知り合いのような、
元から知っていたかのような不思議な錯覚に陥る。
一言も言葉さえ交わした事はないのに。



「…何?」
「おっと、こりゃあいけねェや」
「あんた、確か真選組の」
「一人で切り抜けるにゃあ、少々荷が重いんじゃありやせんか」
「…どういうつもりなの」
「どうもこうも、ないでさァ」
「…」
「…」



互いに三秒程の沈黙を渡し、背中合わせに構える。
この男が何故ここにいるのかは分からないが、
確かに一人で切り抜けるには難しい局面だ。
申し出は有難く頂戴する他ない。


「…あんた、いつから桂側に寝返ったんですかィ」
「何の話よ」
「御庭番衆、甲賀の、」
「勘弁してよ…」



命を散らしながら合間に下らない会話を挟む。



「で、何よ。粛清でもしようって腹なの」
「理由が知りたいだけでさァ」
「どうしてよ」



その理由は口にせず、それなのに執拗さだけは見て取れる。
嫌になる程に。
この場を乗り切ったところで、この男は延々とついて回る。
そんな事は重々承知のはずだが―――――




「!」
「どうしたんですかィ」



この最中にぼうっとして。
沖田の声が遠くで聞こえた。









激しく痛む後頭部を反射的に触っていたらしい。
何故倒れ伏していたのかを思い出せないまま、
温りとした感触に騒めく。
指先には赤黒い血がついていた。



何故こんな怪我を負っているのかが分からず、
誰かいないものかと辺りを見回す。
少し離れた場所に人影が見えた。
上手く立ち上がれず、両腕で床を這う。
頭が痛い。



何故動けないのかと足を見やれば、
太腿に小刀が刺さっている。
出血も相当だ。
何故。
そういえば嫌に熱い。
熱気が迫る。
いや、熱気に迫る?



「…」



ようやくたどり着いた人影は既に息絶えていた。
その、よく見知った顔。
確かに愛したその姿。
温い液体が額から垂れ、閉じた眼に降り注ぐ。



断片的に思い出される近しい過去。
葬り去られたのだ。
この国の為に。



地雷亜は関わった人間全てを消した。
故郷の村も焼かれたと聞く。
逃げる場所はどこにもなく、
一か八かの大勝負で挑みはしたものの、どうやらこの有様だ。
身動きを封じられ、恋人も殺され、火を付けられ始末される。



全てはこの、この国の為だ。
では私は、一体何の為に、



「アンタ、桂のイロかい」
「…どうだかね」
「いや、俺ァてっきり」
「…」
「あんたは高杉側かと思ってたんでさァ」
「…」
「アンタの目は、そういう目だ」



が顔を向けた。
そういう目でこちらを見据える。



「そうそう。その目でさァ」



同じ目をしていやがると高杉は言った。
自覚など未だにないが、どうやらそうらしい。
この国を心底嫌悪してるってトコか。
あの男は遠慮もなしに心を侵す。



もう逃げる事さえ億劫になったは高杉の依頼を受け入れた。
桂の動向を探れ。
断る意味も理由もないと思えた。



「…何が目的なの」
「目的、目的…」
「…」
「暇なんでさァ、遊んでくだせェ」



これからも、度々とお願いしまさァ。
表情一つ変えずに沖田はそう言い、刃先を向ける。
こちらも断る理由などないように思えたが少しも笑えず、
あの時の燃え盛る記憶だけを反芻していた。






久々に沖田を書きたかったのですが、
こと彼に関しては色恋のイメージが皆無でして
こういう、ぼんやりとした感じに
興味とか持つのかね、この坊やは…

2017/06/01

NEO HIMEISM