とりあえず生きてみることにしました








辺りはまるで生き地獄さながらだった。
この小さく弱い国が戦火に塗れ一年半、
建物という建物は朽ち、人々の数は半減した。



若い男達は兵隊として前線へ駆り出され、
残されたのは力ない女と子供、そうして年寄り。
奴らは一先ず、そこを攻めた。



余りにも解り易く穴が開いていたからだ。
これは戦争なので、誰も責めやしない。



掃討作戦は功を制し、そこは只の荒れ地と化していた。
瓦礫の山の下に肉片が散らばり、所々から呻き声が聞こえる。
助ける事など出来ない。明白だ。
それらは既に人としての形を留めていない。
辛うじて戦火を逃れた人々は寄り添い、瞳に絶望を湛えていた。



この圧倒的な戦力差を目の当たりにし、
この国はじきになくなるのだろうと思えた。
前線へ向かった男達も恐らくは戻らない。
この国を、人種を、歴史を、全てを憎んだ結果だ。
この場に蹲り耐え忍べども状況は一切変わらない。



いや、悪くなる一方だろう。殺される。
弱いものは奪われるだけだ。
金も、意思も、命さえも。



どこかで子供が泣いている。
視線を上げ辺りを見回せど、姿は見当たらなかった。












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汗だくで目覚めれば、
魘されてたぜと告げられ案の定だと舌打ちをした。



一定の期間で同じ夢を見る。
あの、どうしようもない昔の夢。
クソみたいな国の、クソみたいな結末。
すっかりと忘れたつもりが、
未だにしつこくもへばりついているらしい。
しつこい汚れのように中々消えない。
指先まで震える始末だ。



寝床としているマットの萎びたソファーから立ち上がり、
冷蔵庫へ向かう。
食い物一つなく、アルコールしか冷えていない。
仕方なしに缶ビールを取り出し一気に煽る。



「…どうしたァ、 。ご機嫌じゃあねェか」
「…うるさいわね、エース」
「又、あの夢かい」
「…」



元々は奴隷商に連れ去られ、あの国へ繋がれた身だった。
負の連鎖というやつだ。



あの国は過去に、幾つもの国を滅ぼし、
数えきれない程の少数民族を淘汰した。
の国は が生まれた時点で滅ぼされていたし、
生き残りは 一人という有様だった。



数が減ると稀少価値は高くなる。
物珍しい奴隷として売られた。
あの国が攻撃を受けるまで、
王宮の地下で鎖に繋がれ畜生以下の扱いを受けていたのだ。



だからとっくに心とやらは死んでいたし、
笑みさえ浮かべていたはずだ。



とっくに逃げ出し、
もぬけの殻になった王宮の残骸を横目に空を仰ぐ。
同じような境遇の娘たちは残らず死んだ。
この空を見る事も願わず。



自分自身が生き延びた理由はこの弛まぬ力だ。
幼い頃に与えられた悪魔の実。
淘汰される定めから逃れられなかった両親が、
唯一 に残し与えたもの。



奴らはそれを知らなかった。
どうにか必死に隠し続けた。
この、絶好の機会の為に。



そのまま国を離れ、隣接する国に入り込む。
特徴的な目の色を隠す為、
黒いコンタクトをつけ、白い髪も染めた。



逃げ出し気づく。
追われる恐怖からは逃れられないのではないか。
こうして隠れ生きて行く他ないのか。
為す事もなく、無論夢もない。
只、この身体が生きるだけ生きる。



気づけば酷く安い木賃宿を根城に、
屍のような暮らしをしていた。
日々の糧は力で奪った。心はまるで痛まなかった。



そんな下らない日々も急に終わりを迎える。
存在がばれたのだ。
今度は別の国から懸賞金をかけられる。
この世界にはどうやら居場所がないらしい。
薄々気づいてはいたが、その事実に絶望する。




逃げる事にも疲れ、生きる事にも疲れた。
そんな時だ。
この男に出会ったのは。



内陸の地を逃げ続け、
これまで存在を知らなかった海を目の当たりにする。
ここを渡ればどうにかなるのではないか。
存在を消す事が出来るのではないか。
そんな淡い願いに縋った。



しかし、肝心の港には追手が警戒網を張っている。
突破したところで先がないのは明白だ。
自滅覚悟で突っ込むか否か。
選択肢にもなっていないのだが、随分と追い詰められていたらしい。
他に手が浮かばなかった。



『…随分と有名なんだな、あんた』
『誰』
『逃げてェんだろ』



逃がしてやろうか。
その段階では、この男が海賊だという事も、
そもそも海賊がどういうものなのかという事さえ知らなかった。
只、興味本位で近づいて来た男。そう理解した。



『…見返りは何』
『!』
『言っとくけどあたしには、何もないわよ』
『…そうだねェ』



暫くの間、暇つぶしにでも付き合っちゃくれねェか。
男はそう言い、笑った。













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その暇つぶしは未だ継続中だ。
だから はエースと共にいる。



逃げ出してすぐの段階で大体の経緯を話した。
生まれて初めての経験だった。
エースは何も言わずそれを聞き、言った。



お前の選んだ道だ、悪い事じゃあねェさ。



それだけなのに何故だか許されたような気がして、
もう枯れ果てたと思っていた涙さえ零れた。
まあ、それもその一度きりだ。



エースと過ごし、この世界の理を知る。
逃げ続ける虚しい人生は終わりを迎えたのだ。



「明日、親父に顔合わせだ」
「そうね」
「…本当にいいのかい、



この世界は誰にも優しくなく、平等だ。
そんな世界で、俺は無理強いはしねェがと続けるエースは
優しいのだろうか。



エースの館が終わったというのに、
何故かまだエースを書いている私、、、


2017/07/02

NEO HIMEISM