まどわされるように、ただ











そんな、余計な事は考えるなよとローは言った。
確かにこの男はそう言った。
だから今、はここにいる。
まだ迷いは継続し、一歩踏み出すのが精一杯の状態だ。
男が掴む左の手首は酷く熱く、今にも朽ちてしまいそうだ。



宿屋の主人と何事かを話しているローの背後に立っている。
何故か酷く疚しく、うつむき加減にだ。
理性を痺れさせたアルコールが足元から一気に抜けていくような、
それなのにこの身を支える確かなものが見当たらないような、
そんな心許ない感じ。



心を裏切っているのか、誰かを、自身を、裏切っているのか。
喉の奥がざらつき舌がもたつく。



何故こんな事態に陥っているのか。
それは、三時間前に遡る。











■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■












「あ」
「…」


よくない癖だとは知っていたが、
嫌な事があると浴びる様に酒を飲んでしまう。
自覚もあるし、割と知れてもいる悪癖だ。



だから、こんな場末の酒場、
それも奥の席でくだを捲いていると出くわせば、
それがどういう事なのか、すぐに理解出来るわけだ。



だから、くだを捲き数人を潰した後の、
それこそ死屍累々といった状況の現場に遭遇したローは、
少しだけ笑ったのだ。



足元に転ぶ雑魚共を蹴散らし、隣に陣取る。
すっかり酔いの回り切った
一度だけチラリと視線を寄越したが、
特に気にせずグラスを手にした。



理解しているかどうかさえ分からない状況で
グラスを軽くあて乾杯を交わす。
この女は頗る酒が強い。
相変わらず安くて強い酒ばかりを煽るのだと思った。



「随分、ご機嫌じゃねェか」
「…珍しいわね、あんたがこんな店に来るなんて」
「お前がいるだろ」
「…」



だから立ち寄ったのだとローは言う。
その真意は定かでない。



「野郎と揉めたんだろ、お前」
「…何の」
「お前がこうなる理由、それしかないからな」



この男のいう通り、今回もキッドと揉めた。
いや、それよりも酷い。



「揉めるも何も、何もないわよ。いつも通り、何も。何もない」
「…」
「あたしにも、あいつにも、何もないってだけ」



そもそも、キッドにつきまとっていたのは自分だけで、
彼は何も、それこそ何の感情も持ち合わせていないのだ。
只、同世代の似た輩だと認識しているだけで、
愛だの恋だのという淡い感情は皆無に等しい。
よもや身体だけだなんて容易い手段も使えやしない。
その範疇からはとうに弾かれている。



そんな事は分かっているのだ。
手に入らないとなると余計に欲しくなるが、
その都度のダメージは倍増する。
こうして、酒で紛らわせたくなるくらいの。



「バカだな、お前」
「そうね」
「俺もお前も、あいつも海賊だぜ」



そんな青臭い真似なんてしてるんじゃねェよ。



「…何が言いたいの」
「分かってんだろ」
「そんなに優しくはないのよ」
「どう言って欲しい?」



あいつみたいに言ってやろうか。
お前のお望み通りにしてやるぜ。
今夜だけは。



降り注ぐようなローの言葉に思わず顔を上げた。
相変わらず平然とした表情で残酷な言葉を綴る。



「心なんてない癖にね」
「お前の事は好きだぜ」
「好き、ねぇ…」



その温度は決して相容れないと知っていた。
今更怖気づくなと言われ、確かにその通りだと自嘲した。



寝具と簡易テーブルしかない雑な室内を見渡し、
これは何ものにもならない夜の前触れだと知る。



こちらがキッドに求めていたのは、何もこんなものではないはずだ。
これから繰り返される知れた遊びはとっくに知っている。
これといった新鮮味もなく、何かが変わるわけでもない。



「…どうせまだ下らねェ事でも考えてんだろ、お前」
「そうかもね」



罪悪感で感じろと告げるローは、まともなのだろうか。
分からないが、似合わない真似をしてドツボに嵌る己よりも
健全な気がして、今だけはキッドの事を忘れようともがくが
当然出来ず、ちぐはぐな心と身体を今日も持て余す。



罪悪感で感じろという名台詞(自画自賛)
キッドとローの三角関係は昔から好きです

2016/07/02

NEO HIMEISM