そんなつもりはなかった








翌早朝、は棟耶から送られてきたメールを
タブレット端末で確認しつつ『狩』の会場へ向かった。
メールによると『狩』を行う会場は毎回違うらしく、
その都度、直前にこうして伝えられるらしい。


この日本に来て、もうじき三年が経過する。
能輪にスカウトされた時は、
まさかこんな生活を送るようになるとは夢にも思っていなかった。


あの埃に塗れた国で両親は殺され、
自身も地獄のような暮らしをしていた。
全て覚えている。何故か一つも色褪せない。
これは恐らく、自身の特技になるのだろう。
異常なまでの記憶力。


人は忘れる事で思いをリセットし、新しく生きていくのだと思う。
だから、自分はずっと新しい人生を歩めないでいるのだろう。
この賭朗での暮らしは、
これまでの人生の中で最も穏やかなものだ。
皮肉な事に。



「随分山奥だな…」



あの国を思い出すような場所には
あえて近づかないようにしていたというのに、
辺りはどんどんと山になっていく。
兵士として戦闘訓練をしていた場所も山の奥だった。
家畜のような扱いを受けていた。


「ここか…」


『狩』の舞台は廃墟―――――
90年代に建設を想定されたホテルだが、
その後のバブル崩壊により資金繰りが悪化。
取り壊される事もなく、今に至るらしい。


舞台には20人前後の人間が既に集まっていた。
皆、立会人になりたい者どもだ。
『狩』のルールは只一つ。
最後まで勝ち残る事。



「棟耶さん」
「頑張りなさい」
「はい」


棟耶の方から激励の言葉を頂けるだなんて、
珍しい事があるものだと思った。


まあ、いつまでもこんな下っ端で
燻っているわけにもいかないし、
やはりやるからには立会人になりたい。
ここにいる奴らを蹴散らせば、その立場になれるという話だ。
負ける気はしないし、随分久方ぶりの実践だ。
正直、テンションは上がる。


指定された位置につき、開始の時間を待つ。


「…さて、やるか」


勝負は24時間。
長いのか短いのか分からないが、
とりあえず開戦の口火は切られた。
はずだった。


いや、少なくともの中では口火は切られていた。
そうして、実際に『狩』も始まっていた。




















全ての通信機器が切断され、
外界との繋がりが遮断される。
敷地内の地図はなく、物音を聞く他、術がない。
何れにしても、恐らくは
あちらさんから探しに来てくれるはずだ。
体躯の小さい自分は常にターゲットとされる。
わざわざこちらから出向くまでもない。


この日本という国では火器の使用が極端に妨げられている為、
ある程度の肉弾戦は覚悟しなければならない。
だから、最初の内に罠にかけよう。
手っ取り早く意識を失わせる為に。


『狩』のルールでは、命を奪わない事が求められ、
勝負の勝ち負けは意識の有る無しに関わらず、
手首若しくは足首に巻かれた
パルスオキシメーターにより判定される。
元々、体内にGPSを埋め込まれている為、
居場所は賭朗側に把握されているのだ。
若しかしたら賭けの対象になっているのかも知れない。


ゲリラ仕込みのトラップを貼り、罠にかかるのを待つ。
一人、二人。
開始から二時間で五人を戦闘不能とした。
陣取った場所から一歩も動かずに四時間半―――――


「…おかしい」


罠に誰も引っかからない、そうして誰も来ない。
人の気配がしない。
この程度の罠に引っかかるレベルの奴らが蹴落とされただけで、
残りはまだ獲物を求めているはずだ。
それなのに、


「お。いたな、


ガラス越しに人影が見えた瞬間ドアが蹴り飛ばされ、
これまでの四時間半陣取っていた部屋が晒された。
反射的に立ち上がりかければこれだ。


「えっ!?雄大くん!?」
「いっちょ、相手して貰おうか!」
「!!!」


何故ここに門倉雄大がいるのか。
この中で戦うのは、立会人になりたい新人だけではないのか。
あたしは、


「ちょっ…!!」


この男と対峙しなければならないのか。
この、弐號の称号を持つ男と。


「本気でかかって来いよ、
「…!!」
「俺も手加減はしねェ」


門倉はそう告げ、の出方を伺っている。
この部屋の出入り口は一つ。
先程彼が蹴り壊したドアだけだ。
門倉の背後にある。
の背後には窓があるが、生憎ここは15階だ。
飛び降りるのは現実的でない。
当然、門倉もがこの部屋を出たいと
考えているだなんてお見通しだろう。
一旦引いて、戦略を練り直したいと考えるはずだ。
何故ならば、この俺は、想定外だから。


「!」


が一歩を踏み出した。
まだ彼女は手ぶらのはずだ。
武器はもっていない。
どういう戦い方をするのか見た事がないが、あの体躯だ。
素手でのやり合いは好まないはず。
俊敏さは群を抜いている。
この部屋から逃げ出されると厄介だ。
だから、ここでケリをつける。


「すまんのぅ、!」
「…!!!」


浅く踏み込み、右ストレートをぶち込んだ。
彼女は両手でガードするが、やはりどうしても重さが足りない。
の身体が壁に向かい吹き飛んだ。
ふと背後を見ると、すぐそこにピアノ線が貼ってあり、
先を見れば鉄パイプの束が留まっていた。
あと数ミリで彼女の指はそのピアノ線に触れていた。


「…ぅ」
「あと少し…惜しかったなぁ。
「ま、だ」


彼女の両腕は痺れているのだろう。


「ルールは聞いてるだろ」
「う」
「コイツを取られたら問答無用で仕舞いじゃ」


まだ痺れ動かせない左手を掴まれ、
パルスオキシメーターを奪われ終わり。
余りにも呆気ない幕引きにため息が漏れた。


まるで相手にならなかった。
こんな状態では立会人など夢の又夢だ。
悔しいが、これが現実。
受け入れなければ―――――


「…何してるの?」
「ん?あぁ、シワになるからな」
「は?」


徐にスーツの上着を脱ぎ始めた門倉が、そこにいた。





第二弾。
本題に入るまで長いのはもうあきらめてください。。。
自分でもなっげーよ、と思っている
この雄大くんは弐號版雄大くんです

2015/09/20

NEO HIMEISM