僕は後ろ向きに走り出す





呼吸も止まりそうな程の衝撃だ。
こちらの判断ミスが招いた結果だとしても、
こいつはちょっと想定外の展開だ。
酸素を欲し噎せ返るがまるで息が出来ない。
血液の混じった唾液だけが吐き出されるだけだ。



「…お前が悪ぃんだぜ、
「…!!」
「俺ァ、お前と一緒にいたいと思ってたんだ」



本当に―――――



「…どうした、



急に飛び起きて。



どうやらソファーでうたたねしていたらしい。
ほんの僅かの睡眠で考えうる限り最悪の悪夢を見た。
全身に冷や汗をかき、動悸は乱れまくる。



この船に転がり込み半年は経過したが、未だ薬の後遺症が出る。
直前の悪夢もその一つであり、
手に触れそうなほどリアルな悪夢を頻繁の見るようになった。
まるで疲れはとれないのだが仕方がない。



最初の頃はそれが夢だとはまったく気づかず、
寝起きばなに叫び出したりしたもので、
今はこうしてキラー辺りが様子を伺ってくれるようになった。



「ちょっと、嫌な夢を見て」
「随分な顔色だ。ちょっと待て」
「最悪」



冷えた水を持ってきてくれるキラーは相当に優しいのだろうと思う。
差し出されたそれを両手で受け取り口へ運ぶ。
指先は未だ震えていた。










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まさかその夢が正夢になるなんて思いもよらなかったわけで、
この小さな小部屋で只、震えている。



過呼吸になりそうな身体をどうにか引き摺り
這う這うの体でどうにか逃げ出した。
恐怖のみに突き動かされる経験は初めてで、理性が一切働かない。
海の方へ逃げるべきだったのだろうか。わからない。



キッド達の方向へ向かわなかった選択肢は、
今思えば賢明な判断なのだろうか。
彼らを危機に晒したくはない。



「…!!!」



口元を抑え、悲鳴や呼吸音が漏れないように耐える。
何故、どうして。ここに。
こんな寂れた港町にどうしてあの男が―――――



!!!」



お前の匂いがプンプンしやがる。
扉を蹴破り飛び込んで来たドフラミンゴは、
変わらない姿でこちらへ腕を伸ばす。



悲鳴さえ絞り出せないは只、強張り震えたまま、
その指先を見つめていた。










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俺はお前の事が心底気に入ってたんだぜ
だから手に余るくらい可愛がってやっただろう、なぁ。
それなのにどうして逃げ出すなんて真似をしやがった。
お前が急に消えちまって、この俺がどんな気持ちだったかわかるか?



お前が俺の手足となって動いて、
その対価としてこの俺がお前にコイツをくれてやる。
お前はどんどんとコイツを欲し、この俺に身も心も捧げるって寸法だ。



確かにこの俺も似合わない真似をしちまった。
お前に憐みなんてものを抱いちまったのさ。
ハナから純度の高いコイツを喰わしちまえばよかったんだ。
余計な事を考える頭を壊しちまえば、
何もこう面倒な事になりゃしなかったんだ。



悪かったな、
これですぐに極楽だ。
死ぬまで幸せな世界にいられるぜ。










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「…っ、ぁ」



錠剤のそれを口移しに飲まされ、すぐに意識は朦朧となった。
ドフラミンゴの腕に囚われた身体は簡単に抑え込まれ知った香りが近づく。
この男のつけるムスクの香りだ。



とても怖いのに身体は動かず、
脳の奥が痺れたようになり目も開けていられない。
ドフラミンゴの舌がこちらの舌を絡め、知った感触を呼び覚ます。
小さな声でヤメテと呟くが言葉にもならない。



お前、あいつがどんなヤツだか知ってんのか。
何かの折にローはそう問うていたように思う。
そんな彼の問に対して、自身はどう答えていただろう。
思い出せない。
バカの一つ覚えのように信頼をチラつかせ鵜呑みにしていたからだ。



その結果がこれだ。
逃げ出したはずなのに追い詰められる。
ものと同じだ。只、手放したくないだけ。
一度手に入れると壊れるまで手の内に置いておきたいだけ。
逃れられない。



「…フフ」
「…!」
「恋しかったろう、
「…」
「この俺の事が」



ぼんやりと覚えているのは、
ドフラミンゴが囁いたそんな言葉だけだった。









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目覚めた時には日は暮れ、薄い月明かりだけが窓から差し込んでいた。
薬のせいで身体は酷く重く、行為のせいで下腹部は痛む。
裂かれた衣服はそこかしこに散らばり、全裸の自身だけが転がっている。
全身に纏わりつく男の匂いは染みついたように取れず、
既にいないドフラミンゴの存在だけを色濃く残していた。



ゆっくりと腕を上げれば酷く震える指先が映り、無意識に涙が零れる。
もう、この身体は逃れられないのだ―――――



その日を境には姿を晦ます。
キッド達の元へは戻らなかった。







逃げたら負けなんですか 強さって何で測るんですか、の続き
過去話最終ターン
ドフラミンゴ割とフットワーク軽いなと、、、
一度手を染めるとと中々抜けられないという話
これまだ続きます


2017/07/24

水珠