ユダの反逆


(彼の者こそ私が愛すべきものだったのかもしれない)













お前が飲んだくれてるなんざ、随分珍しいじゃねェか。
土方はそう言い隣に座った。姿は見ていない。
酒に視界が冒されている為、この両目は何の役にもたたないからだ。
だから声と匂いで判断した。
この男には煙草の匂いが染みついている。


それにしたってこの秘密の場所がどうして知れたのか。
年に一度の特別な日にこうして朝まで浴びる程に酒を飲む。
誰にも知られたくはなかったが。



「…何の用なの」
「用なんざねェよ」
「他にも席は空いてるわよ」
「随分と連れねェな」



過去は未だに膿み続ける。
ここで、心で、の中で。
消毒変わりに酒で身を浸そうとも一向に良くはならない。
そんな思いを引き摺ったまま生きていくのは随分疲れるもので、
無理矢理に折り合いをつけた。


過去を詮索しない、かぶき町に身を潜め
生きていくしかない身体を鼓舞する。


これまで幾度も泣き濡れたが事実は何一つ変わりはしないし、
どうしたって答えは出ない。
自身を納得させるような都合のいい答えは
どこにもないのだと知ってはいた。



「誰に聞いて来たのよ」
「…総悟」
「あのガキ…」
「お前とサシで飲みたかったんだ、そう嫌うもんじゃねェぜ」



この男の仄かな熱は知っていた。
偶然と呼ぶには合い過ぎる視線も、
タイミングよく出くわす場面もだ。


あえて気づかない振りをしていた。
その事実に、この胸中に。



「…お前、連れ合いは」
「…」
「言いたくねェなら」
「…そういう会話をしたいの?」



お前は、本当に。



「あぁ、そうだ。俺ァ、そういう話をしに来た」
「いい事ないわよ」
「そうか?」
「どっちにとっても、いい事ないわ」



掴んだグラスは滴で濡れ、今にも指先から滑り落ちそうだ。
口を開き溢れ出る愚にもならない言葉は本意でない。
その事は土方に知れているだろうか。
この、複雑な心中が知れているか。



「構わねェよ、俺ァ」
「…」



時と共に痛みは和らぐと思っていた。
それに愛は永遠だとも。
その全てが思い違いであり、
まさか感触さえも失うと誰が知っていた。
誰も赦してはくれないのに。


では、どうだ。
土方が赦すのか。
いや、しかし。
それだけは。



「昔の話なんだけど」
「…」
「まだ若い頃の話よ。愛した男がいて、
 若い二人は馬鹿で、何者でもなかっただけね。
 まあ、そんな下らない生き方の結果、
 男は死んで女だけが取り残された。
 よくある話でしょう?ここでは、特に」
「…今日は命日か」
「…」



これは運命か。
いや、必然か。



「あんたが殺した」
「…」



そういう事もあったかも知れねェなと土方は呟き、煙草に火をつける。
深呼吸代わりに深く深く吸い込み、吐き出した。


訪れる時間は果て無く、もう項垂れるしか術がない。
恋人を殺した男に心奪われただなんて、
そんな悪辣な思いは許されないのか。


これは罪か。
一人のうのうと生き永らえる自分自身への罪か。



「…堕ちるか、一緒に」
「…」
「俺ァ、いいぜ、それでも」



土方の指がの左手、その甲に触れた。
この秘密の場所で隣り合う二人は新しい泥濘に自ら嵌りゆく。
振り向けばそこに過去の残骸が立ち尽くしていそうで恐ろしく、
身動きが取れないでいた。





土方をちゃんと(?)書いたの何年振りだ
ちゃんと、の意味はこう、恋愛を成立させる的な意味です

2017/08/14

NEO HIMEISM