だって、もう


失いたくなかったんだもの。








ザリザリと酷く耳障りな音が聞こえていた。
一切動かない身体の理由を探すが、思考がまったく捕まらない。
億劫すぎて目を開ける事が出来ないなんて経験も
無論、初めてで、その辺りでようやく感覚が戻り始めた。
とりあえず、酷く喉が渇いていた。



頬に細かな砂の粒が落ちて来る感触が止まらず、僅かだが眼を開く。
ぼやけた視界には何ものもうつらず、やはり身体が動かない。
こうなる前の記憶さえ思い出せず、少しだけの時間をかけ、
どうにか両の眼を開く事に成功した。



「…」



そこはそう、もうまるで廃墟の様で、
それなのに至る箇所に見知った景色が残り、
やはり頭は更に混乱する。



ここは確か、愛の巣で、
値の張る調度品に彩られた煌びやかな部屋だったはずだ。
派手好きなあの男の好きそうな部屋で、
これまで幾度の夜をここで過ごした。



視界がまるで機能せず、
頭を振りどうにか現状を把握しようともがく。
目を開け、考える事が出来ないまま目に入る範囲に視線を泳がせる。



「…よぉ」
「…」
「起きたか」







「…あんた、何、」



身体が動かない理由はこの男だ。
この男の糸で全身は拘束されている。
座ったまま上半身だけ磔にされたような状態だ。



そんな の目前、天井から落ちた
シャンデリアの残骸に腰かけたドフラミンゴがいる。



耳障りな音の正体は、男が爪を噛む音だ。
その癖が出たとなると、こいつは相当に厄介な展開となる。



「ちょっと…」
「動くなよ」



下手に動くと死ぬぜ。



「どうしたってのよ、これ」



随分機嫌が悪いじゃないと呟いた刹那、全身を激しい痛みが襲った。
呼吸が止まりかけ、空気を吐き出した。
これは相当マズイ、悪い状態だ。



目前の男の指先一つに生死が委ねられている。
考えられる中で最悪のシナリオだが、誰がこれを選びやがった。



「なァ、 …」



俺はな、とドフラミンゴは続けた。
俺は、一つ厄介な勘違いをしちまってたみたいだ。
お前と一緒にここでこうして、
くだらねェ時間を共有してたが、その結果がこれだ。
俺だって理解しちゃいた。
お前だけってわけじゃねェ、俺だけってわけでもねェ。
いつだって代替品はある。
人生なんてそんなもんだ、俺も、お前も。
なあ、そうだろう。



「何を、」



昔の事を思い出す度、容易く命を奪う悪癖は知っている。
問題は何故その対象になってしまったかだ。
どこで間違った。
こちらは完璧に仕上げていたはずだ。
視界は完璧に復活したが、どうにも身体が動かない。



「別にお前が何だろうと、構いやしねェんだ。
 海軍だろうが、海賊だろうが、そんなもんはどうでもいい」



どうとでも出来るからな。



「…何が言いたいの」
「俺の人生はずっとこうだ。
 空から堕ちて、地べたを這いずり、
 もう何もかもが憎くて憎くて、正気じゃいられねェ。
 悪ぃな、 。又あの夢を見ちまったのさ、この俺ァ…」



負の悪い時に負の悪い場所にいたという事か。
この男が悪夢に魘され飛び起きる姿は幾度となく目にしていた。
決して語らないが、相当にロクでもない過去を背負っているのだろう。



こんな生き方をしているのだ。
誰にだってクソみたいな過去はある。
死にたくなる程の。



「…別に、トラウマだなんて上等なものでもねェ。
 只そこにあっただけの過去だ」



只々、貧弱で間抜けなあの頃の自分自身が
ムカつくだけだと男は呟く。
こちらを見ずに。



脆弱だったあの頃のドフラミンゴは
確かにどこにもいないが、
では今ここにいるのは果たして誰なのか。



「…で、だ」
「…」
「そこで、お前だ」
「!」
「お前の話をしようぜ、



俺にお前の話を聞かせろよ。
お前の、お前しか知らない話を。
いつまでもどこまでも、
お前自身しか愛せないお前の話をしてくれ。
俺に、俺だけに聞かせてくれよ。
なあ。



ギリギリ、ギリギリ。
全身に絡みつく糸に力が込められる。
こんな様では言葉さえ発せない。



「ド、フラ―――――」
「お前も俺を裏切るか?なァ、 …」



命を賭けてどちらか選べという事か。
予断は一切ないという事か。
全てを投げ出しこの男について行くか、今ここで死ぬか。
いや、違う。これは最終通告だ。



この俺に忠誠を誓えと、何もかも、
命さえも全てを捧げろと。
この俺を裏切るなと―――――



「…!!」



吐き出した言葉さえ理解出来ず、
無意識に反射的に零れ出た。
その瞬間こちらを見据えたドフラミンゴの眼差し。
意識を失う直前に見えたあの長い指先は
こちらに向かっていたはずだ。



だからといってその意味も分からず、
酸欠の脳は全てを置き座ったまま、
糸の外れた身体はドフラミンゴの腕の中へ堕ちて行く。




ドフラミンゴの過去を多少聞きかじりまして、
ええーこんなん只のご馳走じゃないかと…
魘されてた事があったらしいので、
この話はそのくらい(25歳くらい)の話です


2017/08/27

NEO HIMEISM