瞼の裏に焼きついた望郷
お前と二度会えるなんざ、思ってもなかったぜと、
扉を蹴破り入り込んで来た男は言った。
こちらとしては、さもありなんといった所で、特に驚きはしなかった。
置屋の並ぶ盛り場の一角、その一つ奥の路地に崩れ立つあばら家の中。
そこにはいる。この一年はここにいる。
今、こちらを囲っているあの男の消息がはっきりするまでは、
ここに滞在する他ない。望み薄だとは分かっていてもだ。
とりあえず契約はまだ生きているのだし、厄介な展開は極力避けたい。
置屋の立ち並ぶこのクソみたいな町は流れ者が多く、多面的に酷く便利だ。
兎も角、自分のような人間には特に。
この世界は余りに弱肉強食だし、その輪の中から弾かれるという事は、
死に直結するという事で、そう考えるとまだ死ぬ事は恐ろしく、
こうして這いずりながら生きて行く他ない。
散々、うんざりするほど命を奪ってきた。
踏みにじり嘘を吐き、騙し生きてきた。
罪人しかいない島で罪人に侵された罪人の女から生まれ落ち、
奇跡的に生き延びはしたものの、
物心のついた頃には犯され女という性を力づくで教え込まれる。
強者に従い生きていかざるを得ない。
自身に与えられた世界は余りにも狭く過酷だ。
「…どうしたのよムゲン」
随分久しぶりじゃない。
「驚いたぜ、。まさか、こんな所でお前に出くわすたァ」
「奇遇ね」
同じ事を思っていたわと呟く。
「何やってやがんだ、お前」
「あんたじゃない男を待ってたんだけど…」
「へェ」
「この様子じゃ、望み薄ね」
キセルを打ち付け、煙を吐き出す。
この町に馴染む為か、いつしかそこまで堕ちたのか、
赤い襦袢が肌蹴、白い肌は丸見えだ。
隠す事なくムゲンを前に広げられた足。
記憶の奥のところで膿み続ける思い出が激しく痛む。
あの島で、この女は男の力を使い狡猾に生きていた。
気に入らない相手は即、陥れ、
ムゲンが見る限り好き勝手に生きていたはずだ。
あの狭く惨めな小さな世界で、この女は暴虐の限りを尽くしていた。
「珍しいじゃねェか、お前が一人なんざよ」
「相変わらずあんたからは、血の匂いがするわね」
ミシリ、ミシリ。
ムゲンがゆっくりとこちらへ近づく。
男の持つ刀からは噎せ返るような血の匂いがしている。
「…何?」
「やられっぱなしは、性に合わねェもんで」
「…」
「昔の借り、今、返させて貰うぜ」
「やり合おうっての、あんた」
鼻先に突き付けられた刃先は酷く汚れていた。
結果、力で押し切られた腕は刀を落とし
ムゲンの刀がの着物を引き裂いた。
憮然とした表情のからは気持ち一つ読み取れなかったが、
この女はこんな生き方しかしてこなかったのだ。
慣れてもいるのだろう。
特に恥じらう事もなく、只、受け入れる姿勢も見せなかった。
腕を掴み膝を尽かせ、首の後ろに噛みつく。
強い女の匂いが鼻腔を擽り、やけに興奮した。
あの島の中、未だ微力な己には触れる事の出来なかった女の肌を弄る。
こんなあばら家で、無駄な熱を垂れ流す。
視線を合わせないは大半、目を閉じていたし、
今思えばあの頃も目を閉じていたような気がする。
力任せに身体を開かれる事に慣れているのだ。
「どこにいたって、変わりゃしねェな、お前」
「…っ、あ、あんたも」
「お前が待ってる男、殺したわ」
「…はぁ、は、」
「悪ぃな」
ムゲンの動きが一層激しくなり、腰を打ち付ける音が室内に木霊した。
喘ぎ声の間にが吐き出す。
別にいいのよ、どうだって。
あの男が死んでも、又、別の男を見つける。
島を出て、これまでの間に幕府側へのパイプも出来た。
生きる目的はないが、生きる術は持つ。
生まれの負はどこまでも絡みつき、いつまでもこちらを自由にしてくれない。
今度はあんたがあたしを飼ってくれるのと、
呻き声のような小さな声は重なる唇に吸い込まれて消えていった。
つい先日、一番好きなムゲンを
ついったで上げたので思わず書きました
やはり、ああいうバックボーンの男に
著しく弱いのだと思う(私が)
2017/9/04
NEO HIMEISM