これから先も続くはずの道











―――――なぁ、全てが崩れ落ちるような、
何もかもが壊れるような感覚を知ってるか。
自分はここにいていいのか、そもそも、何故こんな場所にいるのか。
与えられているんじゃあないのか。


違和感が拭えなくて、喉ばかりが酷く乾く。
まるで、お飾りのようで、
まあ、そんな感触は今に始まったわけじゃあないんだが。
そんなものは。


お前がどんな道を辿ってここに来たのかは知らない、
恐らく俺には興味もない。
俺にも、お前にも、俺は興味がない。


只、漠然と思うだけだ。
何故、俺は一人なのだろう。
何故、俺は選ばれないのだろうかと―――――



まあ、だけれどそれはお前も同じなんだろうなと、
男の声が頭上で聞こえた。
この男が訪れるのはもう五度目で、
ズルズルと泥濘に、深みに嵌っていく己だけが事実だ。



貧しい家に生まれ、随分幼い頃に、はした金で売り渡された。
両親は悲しむわけもなく、相場よりも随分安く叩かれた事も知らずに、
今も生きているかは分からない。
連れて行かれた廓で禿として生きていたが、
じきに引込禿として鍛えられる事となり、
この世界では順風満帆な生き方をしてきたはずだ。



無事に年季が明け、ようやく外の世界へ抜け出せると思った矢先、
上得意の客から暗に妾の誘いを受ける。
無論、断る術などどこにもなく、
二の句を吐き出せなかったに、男は囁いた。



お前は風切羽を切られた鳥だ。外の世界では生きられない。



その羽を切ったのはお前たちだろうと、
生まれの不遇を恨めども逃げ出す事は叶わない。
男はこじんまりとした一軒家と月々のお手当てを寄越し、
一月に一度程度、訪れるようになった。



この男が他にも数人、妾を抱えている事は知っていた。
男も高齢だ。この地獄から抜け出すには男が死ぬ他ない。



そんな、欝々とした日々を過ごしていたの元に、
あれは突然現れた。










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出先から戻り、一息吐く暇もなく、雨音が聞こえ始め、
バタバタと慌ただしく洗濯物を取り込んでいた。
急に崩れるなんてついていないな、だなんて思いながら全て取り終え、
居間に視線を移した時に抱いた違和感。
雨音が大きく、室内に木霊している。



この家にはずっと一人だ。
だから違和感にはすぐに気づく。
すぐに気付きはするが、手だてはない。
音を立てないようにゆっくりと後退る。



「…やれやれ、あきれたもんだね。自分の子供と同年代の妾を囲うとは」
「…!!」



一歩、後退った身体は何かにぶつかり、
反射的に振り返る。
男がいた。


背がぶつかった時にこの身はきつく拘束され、
ひょいと抱えられている。
外套についた雨粒が垂れ、こちらを浸食した。



「あんた、何」
「ほう、叫ばんのか」
「金なんて大してないわよ」
「見りゃ分かる」
「…あんたの顔…」
「…」



土間から居間に放り投げられた身体は、
逃げる間もなく押さえつけられる。
男の掌が口元を抑え、一先ず声を殺された。
雨音はより一層、強くなり、もう何ものの音も掻き消す程だ。



無理に身を組み敷かれる経験は、恐らく誰よりもある。
外套さえ脱がない男から垂れる粒が身体に滴り、
力づくで開かれた身体を浸していく。



このまま犯され、そうして殺された場合、
あの男はどうするのだろうと、そんな詰まらない事を考えていた。










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あの後、特に殺される事もなく、雨が上がるまで男はここにいた。
男は名も告げず、目的も告げなかった。



乱れた衣服を整えもせず、
廓を出たタイミングで止めていたキセルに手を伸ばす。
廓を出たところでたかが知れている。
この小さな箱から逃げられず、同じ事を繰り返している。
こちらを見ていた男も、恐らく同じような事を思っているはずだ。
酷く遣り切れなく、紫煙を吐き出す。



あの人は兎角、傷物にゃ全く無関心だ。



男が唯一残した言葉はそれで、
やはりそうなのかと疑問は確信に変わった。










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―――――もう、それはどうしても、
己の力ではどうにも出来ないような不運。
あるだろう、そういうものが。
お前だって少なからず、そんな不運に喰われてるはずだぜ。
自覚のあるなしは分からんが。


いや、お前には分からないか。
分かるはずがない。
偽りでも寵愛を受けたお前には。



「…寵愛なわけないでしょう」
「…」
「気分次第でどうとでもなるような、そんなものは愛じゃないわよ」
「お前に愛の何たるかなんて、分かるのかね」



男は、その後も定期的に訪れるようになった。
どういうつもりなのかは分からない。
あえて口にしない。



同じ眼差しで、共に搾取するだけの指でを貪る。
この箱で死んだように生きているよりは刺激的だ。
それに身も入る。
親子ほど年の離れた老人と身を交わすのは苦痛だ。



「…お前、まさか、これを愛だとでも言うつもりか?」
「…」



男が僅か笑んだように思えたが、気のせいだろうか。
未だ名も告げない男は、
どうしても分かち合えないのだと斬り捨てながら酷く愛を求める。
それを差し上げる事は決して出来ないのだと、
自身分かってはいるのだ。
名を知りたいが呼べばその場で全てが終わりそうで、見送る他術がない。



思惑は復讐。
男の言う寵愛で固められた檻の中で、
今まさに違う色の愛を求めるという罰だ。






ゴールデンカムイに今まさにはまってますよ!
私は杉元が好きなのですが、杉元にはアシリパさんがいるので
杉元の事を考えながら鬱屈した尾形の夢を書いています
書き続けるのです(嫌な夢を描き続けているのです)
親父殿の愛人を寝取る尾形


2017/10/29

NEO HIMEISM