想い合う罪











勇作さんはよく私に話して下さいました。あなたの話を。
父上が懇意にされている古くからの友人のご令嬢で、
大変素晴らしい女性なのだと、
自分には勿体ない程の器量良しだと―――――



この戦争が終わった祝言を上げる予定なのだと聞きました。
物心ついた頃より許嫁として決められた人生。
互いに疑問一つ抱かず、幼少期より仲睦まじく暮らしていた。
そう聞いています。



妾の子である私に、勇作さんはとても優しく、
自分の話を包み隠さずしてくれたものです。
彼はとても実直で、情に深く、愛に満ち溢れた男だ。
さんもご存知の通りの。



まあ、だからあなたにも私なんて者を紹介して下さった。
父上に知れたら事だと、何度言っても構わないと譲らない。
困った事に、祝言にも来てくれと言うんですよ。
兄として紹介したいのだと、そんな事を。
愛される事をすっかりと諦めている私に、
そんな戯言を言って退けるのです。



無論、一欠けらの悪意もなく、それは只の善意であり、
当然私の顔など見たくもない自身の母親―――――
父上の本妻にも自分が話すなどと、そんな妄言を上げ連ねる。
何せ軍でも私を兄と呼び慕う程です。



彼の言葉は私に染み入り、内から刺さりゆく。
身勝手な思い込みですよ。
彼は悪くない。悪意はない。
だから私はこうなる。
まあ、なるべくしてなったんでしょうね。



これまで欲しくて欲しくて堪らなかった愛情が
まさか我が身をここまで喰い散らかすだなんて知らなかった。
手にした事がなかったもので、想像もつかなかったんですよ。
愛情ってやつが、まさかこんなにも
重く苦しいものだとは露知らず―――――



だから不思議に思った。
私だけがそうなのかと、私だけがこんなに苦しむのか。
それは、私が何か欠けた人間だからなのかと。
その欠けた部分から溢れ出して、この身を流れる血液に交じり、
私自身を苦しめているのかと思ったんです。
少なくとも同じ血液が半分は流れているはずなのに。



そして気づくに至る。
欲しかった愛はこれではなかった。
彼の誠実さに溺れ、只々、呼吸だけを奪われる理由はそれでした。



まあ、愛のない男女から産まれた私なんかに、
愛の何たるかなんて理解の仕様もなく、
差し出されたそれが本当に愛なのかを確かめる術もない。









■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■










だから、こんな真似をしたのだなんて言い訳するつもりは毛頭ない。
愛する男が戦死したという報を受け、床に伏した女の話は耳にしていた。
自分が何をしたかは当然伝えず、只、時を待つ。
こちらは既に何もかもを捨てているのだ。



下女が呼びに来るまで三月程度か。
どうぞご内密にお願い致しますと、
闇の帳に紛れ、予想通りに遣いはやって来た。



昔、招かれた屋敷から随分と離れた、
山の方にある別荘にて療養中との触れ込みだったが、
要は隔離されているのだ。



愛する者を失い、気の狂った娘を持て余した両親は、
人目を憚り悲しみ癒えるまでと娘を追いやった。
酷く献身的な下女は見るに堪えないと、
尾形の罠に飛び込んだという算段だ。



暫く振りに顔を合わせたは、酷く懐かしい顔をしていた。
眼差しはこちらに向いているが、眼は見ていない。
精神の参ったの姿は母親と重なり、
異母兄弟とはいえ、さほど似ていないはずの顔を見間違え、勇作様と呼ぶ。
細い指先が頬を撫で、全身でしな垂れかかる。



この女が見ている亡霊は、この茶番を許すだろうか。
分からないが一先ず同衾し、
こちらに背を向けたままのを横目に、
ひたすら一人、言葉を吐き続けた。
まるで呪詛の様に。



一度としてこちらを向かなかったは、恐らく気づいていたのだ。
気が違えども、一瞬は正気に戻る。
そこで犯した罪の重さに気づく。
只、事実にだけ触れないまま。



それを罪と認識できないのも又、罪であり、
その罪は尾形だけのものだ。



髪をかき上げ、窓から差し込む月明かりを見つめる。
こちらに背を向けたままのの肌は青白く照らされ、
まるで死人のようだと思った。






独白(誰かに話している風) 花沢勇作少尉の許嫁?
↑とだけ書きなぐっていて、
やっぱ私はどうかしてるなあと思いました
とりあえず、ありとあらゆる愛に手を伸ばす尾形

2017/10/29

水珠