今でも言える




愛している、と











今日もお嬢さんが手作りの弁当を持ってお出でなさったと、
誰ともなく柔らかな口調で伝達が始まる。
ここ最近では毎日の出来事で、
野郎どもしかいない師団に一筋の光を注ぐ存在だ。



この地域の最有力者でもあり、
北海道最大の鉄鉱石の採掘を一手に引き受けている一族の御令嬢だ。
彼女の父親は冷遇されている第七師団の影の協力者でもあり、
度々、鶴見中尉の元を訪れる。
その逆も又、然りであり、
その行き来の中で彼女は月島軍曹を見初め、
こうして毎日の日課に精を出しているというわけだ。



子供の遊びのようなものだと思ってください、等と
父親の方はまるで相手にしていないし、
月島に至っては相変わらずの無表情であり、感情が読めない。
鶴見中尉に促され、まるで義務かの如く弁当を受け取りに行くだけだ。



ここ最近は多少、一言、二言程度の言葉を交わしているような気もするが、
恐らく大して気の利いた会話ではないだろう。
彼はそんなに器用な男ではない。



「いやはや、毎日ご苦労な事ですな!」
「鶴見中尉」



故に、毎度、気分を盛り上げるのはこの、鶴見中尉の一声になる。
ここ最近では日常となりつつある、
そんな光景を遠くで見ている男が一人――――――



尾形だ。
相も変わらず人たらしだと腹の中で悪態を吐き、
そんな様子を見つめている。



鶴見中尉がこの一族に近づいた目的は、他でもない。
潤沢な資金を吐き出させる為だ。



この娘は、今、まさに地獄の縁を覗いている。
その事を知るのは我々、第七師団のみ―――――



「おい」
「!」
「…」
「これはこれは、月島軍曹。男冥利に尽きますな」



如何に冷静沈着な男と言えども、
多少なりとも良心の呵責とやらはあるらしい。
任務にのみ実直で、鶴見中尉の忠実なる僕。
この夜の惨劇を前に、心ひとつ揺れないはずだ。



そんな彼が弁当を片手に、わざわざ遠回りをしこちらへ近づいて来た。
理由は一つ。あえて互いに口にもしない。目線だけが数秒だけだ。
返事代わりに小さく頷いた。










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その夜の惨劇は呆気なく幕引きだ。
の父親は簡単に言うと、一族内でクーデターにあったのだ。
そのクーデターの手引きを第七師団が行った。



両者、互いに思惑もあり、
こちら側としては事前に仕入れた男の中央への寝返りの阻止だ。
クーデターの首謀者である息子たちは、
恐らく相当な苦汁を舐めさせられていたのだろう。
成功報酬として、多額の寄付を約束する代わりに、
事故に見せかけた男の死を求めた。



あの溺愛振りからは分からなかったが、
は最も寵愛を受けていた妾の一人が産んだ子だったらしい。
故に息子たちは、の命も散らせと告げた。



「お願いだ、娘は…娘だけは」
「分かっている」



脳天に一撃を喰らう直前まで娘の安否を気遣った男は即死。
ものの30分程で幕引きを迎える完璧な作戦だ。
娘だけは助けてやると呟いた鶴見は尾形を呼び、耳打ちする。



ここはまるで地獄のようで、いけない。
月島様と、悲鳴のように名を叫ぶ娘の声が木霊する。
深淵から滑り落ちてしまった娘は一人彷徨い、
只、泣くばかりで胸が痛む。



父親の変わり果てた姿を目の当たりにし、
崩れ落ちるを抱え、尾形が出て行く。



「…別れは辛いな、如何様でも」
「…!!」



尾形の後姿を見つめたまま、万に一つの言葉も出なかった。










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泣く娘を連れ、かれこれ一時間は歩いたように思う。
流石に途中で涙も枯れ、一言も口も開かず歩いている。
辺りは暗く人気もない。



相変わらず汚れ仕事ばかりを寄越しやがると、
又しても内心悪態を吐くが今更だ。
元が薄汚れた人間なのだから似合いだ。
それに、心ひとつ動きもしない。
只、哀れだと思うだけだ。



しとりしとりと途中から天候も悪くなり、
近くにあったあばら家で雨が過ぎるのを待つ事にする。
は人形のように喋らず、
このまま山に捨て置けば羆にでも喰われ口封じにもなる。



どう転んだとしても、このお嬢さんが生きていける道理がない。
こちらとは違い、愛された妾の子だ。
右も左も分からず、世間も知らない。
だからというわけでもないが。



「…お前の命はどうとでも。命乞いでもするかい、お嬢さん」



それを見越したからか、鶴見からは殺せとの命を受けている。
生きて地獄か、死んで地獄か。
どちらも選び難いが、苦しみが一瞬ですむのは後者だ。



「…いいえ」
「…」
「月島様にお会いする事が出来ないのであれば、
 生きていても意味がありません」
「それは、愛か?」
「…ええ、きっと」



恐らくは。
ふうんと呟いた刹那、襲い掛かった。
どうせ拾った命だ。
目の色を変えて抵抗をするを組み敷き見下ろし、告げる。



「そんなものがあるから生きていられないんだろう。
 だったら、いいよ。愛と呼ばれるそれだけを俺が喰ってやる。
 そうしてお前は生きていくんだ。こうして、この地獄を、一人で」
「いっそ、殺して」
「いいや、そいつは無理だ」



お前を殺すなと、約束したからな。



の目尻から涙が零れ、泣き顔を見られたくないと顔を背ける。
一夜で全てが夢、幻と霧散したこの女は確かに哀れで、見ていられない。
この女が費やした月島への恋心の時間を思えば、何故だかやけに興奮する。



愛なんてものに縛られ身動きが取れないのは気の毒だと、
こちらは本気で思っているのだが、
当のの気持ちは分からず、
只このあばら家で、よそ様への愛を貪るだけだ。





取りあえず支度金としてちょろまかした
割とな額を渡してさよならしたというオチです
そうでもしないとこの主人公生きていけない
月島軍曹を絡ませた私のエゴよ
尾形には愛情と妾をバンバン絡ませていく所存です


2017/10/29

NEO HIMEISM