「また抜け出したのですか、撻器さま」
叱られますよとは言った。
いつもの台詞だ。
明け方の堤防に一人腰かけた撻器は、
ようやく見つけたなとばかりに顔を上げた。
赤も青もなく色褪せた空は刻一刻と表情を変え、
海原は果てしなく波一つない。
「ここの風景が好きなんだ」
「何度も伺いました」
「、お前の事も好きだぞ」
「それも何度も」
自分付きのこの女を手に入れたかった。
恐らくは女として。
「早くお戻りになられませんと」
「そう急かすなよ、。折角お前と二人きりだ」
自分とさほど歳の変わらないこの女を
手にしたかったのだ。ずっと。
だけれど身の程を知っているこの女は
絶対にそれを許さない。
どちらかといえば気分のままに動く撻器の我儘に振り回され、
日の半分以上を共に過ごす事になろうが、
その忠誠心は決して揺らがないのだ。
「俺には自由というものがないんだ」
「ええ」
「だから、少しくらいは許せ」
撻器の気持ちを知っているからこそ、
ある程度の自由を与えているのだ。
そんな気配りが出来るのであれば、
多少なりとも気があるのではないかと踏んでいるのだが、
手ごたえは余りない。
感情の波の余りないは
嬉しいのか嬉しくないのか分からない声で話し続ける。
幾つかの夜明けをこうしてやり過ごした。
そういえば毎回、が迎えに来るのを
待っていたような気がする。
そんな均衡が崩れたのはいつ頃の話だっただろう。
確か、酷く海が荒れていた日のような記憶がある。
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バカの一つ覚えの如くその日も海に来て、
それからの悪天候だ。
すぐに帰る事も出来たが、
やはり何故かが迎えに来てくれるのを待ってしまった。
びしょ濡れの撻器を見つけたは、
あの女にしては大慌てという所で、
してやったりと思ったものだ。
取りあえず着替えをしなければならないという事で、
賭朗が所有しているロッジに駆け込んだ。
窓の外は雷鳴を伴い、雨脚はより一層激しくなっていた。
冷えた身体を温める為にシャワーを浴びる。
上がった頃にはが部屋を暖めており、軽食も作っていた。
「お前もシャワーを浴びてこい、」
「いえ、私は」
「お前に体調を崩されちゃかなわん。いいから行け」
窓を叩き付ける雨粒を見ながら、
こんな日は二度とないだろうと思えた。
こうして二人きりになる事はきっと、もうない。
静かな室内に雨音が響く。
早くあのドアが開きが入ってくればいい。
そうしたら今日こそ手を取って、
この報われない思いに決着を着けたい。
近くで雷が鳴った。遠くで落ちた。
雨音がより激しくなる。
室内が温かい為、窓に滴が流れ出す。
中も、外も。
は戻って来なかった。
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翌日迎えに来た能輪によると、
あの雨の中は本部へ戻って来たらしい。
腹部に銃創を受けた状態でだ。
瀕死のはどうにか撻器の居場所を伝えると昏倒。
それから先の話は詰まらないものだ。
あの時恋心のようなものは
確かにこの胸に沸き上がり、そのまま死んだ。
だから、撻器は二度と堤防になど行かないし、
自由など求めない。
随分昔の、他愛もない思い出だ。
若撻器さまです
あたしの妄想フルスロットルです
こわいわ(自分が)
2015/09/22
NEO HIMEISM
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