窓の鏡










「また抜け出したのですか、撻器さま」


叱られますよとは言った。
いつもの台詞だ。
明け方の堤防に一人腰かけた撻器は、
ようやく見つけたなとばかりに顔を上げた。


赤も青もなく色褪せた空は刻一刻と表情を変え、
海原は果てしなく波一つない。


「ここの風景が好きなんだ」
「何度も伺いました」
、お前の事も好きだぞ」
「それも何度も」


自分付きのこの女を手に入れたかった。
恐らくは女として。


「早くお戻りになられませんと」
「そう急かすなよ、。折角お前と二人きりだ」


自分とさほど歳の変わらないこの女を
手にしたかったのだ。ずっと。
だけれど身の程を知っているこの女は
絶対にそれを許さない。


どちらかといえば気分のままに動く撻器の我儘に振り回され、
日の半分以上を共に過ごす事になろうが、
その忠誠心は決して揺らがないのだ。


「俺には自由というものがないんだ」
「ええ」
「だから、少しくらいは許せ」


撻器の気持ちを知っているからこそ、
ある程度の自由を与えているのだ。
そんな気配りが出来るのであれば、
多少なりとも気があるのではないかと踏んでいるのだが、
手ごたえは余りない。
感情の波の余りない
嬉しいのか嬉しくないのか分からない声で話し続ける。


幾つかの夜明けをこうしてやり過ごした。
そういえば毎回、が迎えに来るのを
待っていたような気がする。


そんな均衡が崩れたのはいつ頃の話だっただろう。
確か、酷く海が荒れていた日のような記憶がある。









■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■









バカの一つ覚えの如くその日も海に来て、
それからの悪天候だ。
すぐに帰る事も出来たが、
やはり何故かが迎えに来てくれるのを待ってしまった。
びしょ濡れの撻器を見つけたは、
あの女にしては大慌てという所で、
してやったりと思ったものだ。


取りあえず着替えをしなければならないという事で、
賭朗が所有しているロッジに駆け込んだ。
窓の外は雷鳴を伴い、雨脚はより一層激しくなっていた。

冷えた身体を温める為にシャワーを浴びる。
上がった頃にはが部屋を暖めており、軽食も作っていた。


「お前もシャワーを浴びてこい、
「いえ、私は」
「お前に体調を崩されちゃかなわん。いいから行け」


窓を叩き付ける雨粒を見ながら、
こんな日は二度とないだろうと思えた。
こうして二人きりになる事はきっと、もうない。
静かな室内に雨音が響く。
早くあのドアが開きが入ってくればいい。
そうしたら今日こそ手を取って、
この報われない思いに決着を着けたい。
近くで雷が鳴った。遠くで落ちた。
雨音がより激しくなる。
室内が温かい為、窓に滴が流れ出す。
中も、外も。

は戻って来なかった。










■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■











翌日迎えに来た能輪によると、
あの雨の中は本部へ戻って来たらしい。
腹部に銃創を受けた状態でだ。
瀕死のはどうにか撻器の居場所を伝えると昏倒。


それから先の話は詰まらないものだ。
あの時恋心のようなものは
確かにこの胸に沸き上がり、そのまま死んだ。


だから、撻器は二度と堤防になど行かないし、
自由など求めない。


随分昔の、他愛もない思い出だ。




若撻器さまです
あたしの妄想フルスロットルです
こわいわ(自分が)

2015/09/22

NEO HIMEISM