私が見るのは夢を見る夢












起きたの、なんて記憶にない女の声が聞こえ目覚める。
ほぼ半裸の状態で、一瞬だけ意識がフリーズした。
赤い布が目に痛く、記憶がまったくない。
そうして酷く頭が痛む。
激しい二日酔いに見舞われているのだ。
だが、不思議な事に、やはり何一つ思い出せないわけで、
両手で顔を覆った。



「ほら、のみなよ、兵隊さん」
「あ、あぁ…」
「あんた、何も覚えてないんでしょう」
「…すまない」



冷えた水を一気に飲む。



「ここは一体」
「廓よ、あんた、そんな事も忘れちまったのかい」
「…!」
「まだ間に合うわ、早く準備しな」
「お前、名前は」
「…」



今更、名など必要なのかと言わんばかりの眼差しで
月島を見下ろした女は、 よ。
そう呟いた。











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女遊びは男の甲斐性だと言うが、それも度を過ぎれば厄介だ。
兎角、現在の上官は廓通いが好きで、
毎度毎度付き合わされる月島は疲弊する。


護衛代わりに廓まで付き添い、事が終わるまで待つという
全く無駄な時間を過ごすわけで、最近では廓の人間が
茶まで差し入れる始末だ。


これも任務の一つだと諦めてはいるが、
確かに何をしているのだろうと、疑問ではあった。


その日も寒空の下、廓の外でぼんやりと待っていれば、
ポツリと水滴が頬を打ち、まさか雨かと顔を上げる。
この寒空の下、雨にでも打たれては堪らない。



「…!」



女がいた。
窓を開け、手すりにもたれかかり泣いている。
落ちてきたのは女の涙か。


驚いていれば女が顔を上げ、目が合った。
数秒の沈黙。



「…あんた、こっちにおいでよ」
「いや」
「大声を出すよ」
「!」
「男に襲われてるって」



泣いている女に叫ばれると面倒だ。
それに、上官の邪魔にもなる。
女はすぐそこに生えている木を登ってこちらへ来いというわけで、
死ぬほど気は進まないが、どうにかそれを登り部屋へ辿り着いた。


女は部屋で一人、酒を飲んでいた。
薄い桜色の長襦袢姿の女は、少しだけ乱れた髪で徳利を傾ける。
酷く気まずい空気の中、断る事も出来ずお猪口を空ければすぐに注がれる。


女は日本酒を飲んでいた。
口当たりの軽い、甘い酒だった。



「お前、こういうところは初めてかい」
「…」



黙って頷く。



「ふうん…」
「いや、もういい」
「騒ぐよ」
「!」
「男が侵入してるって」



女はそう言い笑う。
悪い笑い方だ。
まんまとこんな場所に誘い込まれた己の過失だ。


女と交互にお猪口を空けていく。
確実に酔いは回っていた。
最初は畏まっていた体制も段々と崩れる。



「…あんた、何で泣いてたんだ」
「えぇ…?」
「さっき、泣いてたろ」



随分酔いの回った月島が、何の前触れもなく話を切り出す。
少し笑んだ女は、そういう事は聞くもんじゃないと言いながらも話し出す。


互いに酒の回った二人だ。
話し手も聞き手も酩酊状態で辛うじて聞き取れた内容を纏めると、
想い人が来ないだとか、そういった話だ。
まるで要領は得ないが、



「…あんた達でも、そういう想いになるんだな」
「あんたは本当に風情のない男だね」
「そうかな」
「…」



女心など察する機会もなく、風情も機微もない。
求められる事もないだろうし、これからもそうだ。
それにしたって随分と良い酒で、幾らでも飲んでしまう。


そうして遅れて来る酔い。
ぼんやりと見つめる目前の女も目元がトロリと火照っている。



「ひと時だけでも忘れさせておくれよ」
「…」



お前に出来るかいと囁く女にジリジリと近づき、
その柔肌を組み敷いた。











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あの後、又しても窓から木を伝い逃げ出した月島は、
上官の出迎えにも間に合ったわけで、
記憶が余りない事を覗けば何の問題もなかった。


昨晩、自分は確かにあの女と一夜を共にしたはずなのだが、
如何せん記憶がないわけで、実感もない。
視線を上げれば、 は外を見ながら煙管を燻らせている。



「おお、これは…」
「?」
「おい、月島。見てみろ」



上官は言う。



「あれがこの廓の花魁だ」



俺なんかにゃ手も出せねェ高嶺の花だ、
と続ける上官の背を見ながら、 を見上げる。
彼女はこちらを一瞥もせず、只々、煙管を燻らせていた。



花魁による廓筆下ろしをされた月島です
まだ二十歳そこらくらいということで
昔からこういう役回りだったのか月島


2017/11/25

NEO HIMEISM