綺麗事しか発せない唇












元々女なんて生き物を信じちゃいないわけで、
だから今、あの女が少し離れた場所で
初老の男にしなだれかかり睦言を囁き合っていたとしても厭わない。


別にこちらはそんなつもりでもないし、
あれがそういう生き方をしているという事は百も承知だ。


今日の相手は随分な上客らしく、
初めて見る鮮やかな山吹色の着物がその執着心を見せつける。


時刻は丁度昼時、この通りが最も繁盛する時間帯だ。
尾形同様、昼飯にありつこうと
腹を減らした軍人が店々に群がっている、


そんな中を我が物顔で、それでもこちらには
一瞥さえよこさず は歩く。
酷く大げさなその仕草、わざとらしい表情。
酷く赤い紅が不自然さを際立たせる。
男達はこぞって を見、その隣を歩く老人を見るわけだ。


これはそういう悪趣味な前戯であり、酷く卑しいが簡単に満たされる。
あの女はそういう人の心の醜さを十分に把握している。


が丁度、飯屋の入り口に座っている尾形の隣を抜けた。
ひときわ高い笑い声が聞こえた。











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寝具の中で一通りの余熱を確かめ合い、柔肌序での感触を求める。
それに関してだけはこの女は最上だ。
流石、それで糧を得ているだけはある。


これまで幾度かこの手の女を試した事はあるが、
この 程の手練れは中々見つからない。
性質の優しい女でないところが一番の決め手だった。
この、世を憂いた女は酷く擦れているし、己の性を憎んでいる。
月明かりが僅かばかり差し込むこの家は、


幾人目かの上客から譲り受けたものだ。
その男は心底 に惚れ込み、全てを捧げた。
当然この家で共に暮らし生き、そして死ぬつもりだったのだろう。
だが、先の大戦で死んだ。


煙管をくわえながら、まるで素知らぬ事のように説明を受け、
酷いなと笑ったものだ。
は何食わぬ顔をし、あたしも随分お慕いしていたのよ等と言う。


何一つ真実のない話だ。
この女に出会ったのは只の偶然で、二度会ったのは必然だ。



「お前、今日、見かけたぜ」
「へェ」
「あのじいさんは」
「あたしの良い人よ」
「そいつァ妬けるな…」



先程まで手の中で熱を放っていた肉は既に別の塊に変わる。
の眼差しに至ってはそれよりも顕著で、
下らない睦言などもう腹いっぱいなのだと告げるわけだ。
この女はそんな夢みたいなものは求めない。



「…で、何なの、百之助。金の無心かしら」
「助かるよ」
「アンタも身体で稼いでるようなものね」
「いい仕事するだろう?」



年寄り相手じゃ満足も出来ないだろうと、
確かそんな事を言いながら組み敷いた覚えがある。


あれは確か、この女が何れかの上客としけこんだ貸座敷だったと思う。
こちらは一戦終わった後で
(まあ、その時の女が微妙で抜くには抜いたが満足出来ないというか、
余り爽快感がなかったというのが真実なのだが)
先に女を返し、悶々としていれば隣の部屋で一戦始まる。


下世話な話だが、その時間が余りにも短かった為、
逆にどんな奴らだと気になり様子を伺っていれば、
襖が開き老人が出て来た。


成程と納得はしたが妙に疼き、入れ替わる様に入り込んだ。
事後といった状態の女は一瞬驚いた顔を見せたが、
大声を出さない代わりに、酷く不機嫌そうな顔で睨みつける。


どんな場面でも状況判断が出来る女で、
まだすぐそこにいるあの老人に知られる事を避けたのだ。
どんな男も、他の男に触れられた女を嫌がる。


尾形の身体に触れた は、まあ満更でもないような反応を示し、
とりあえずくんずほぐれつと交わった。


結果、こうして小遣いを頂戴しているわけで、
ご満足頂けたのだろうと、こちらは思っているが。



「…何よ」
「お前、俺に隠し事してるよな」
「本当の話なんてする間柄じゃないでしょ」
「俺が気づかないとでも思ったか」



そう。今日は別に金の無心をしに来たわけではない。
そもそも、こちらは金に困っているわけではないのだし、
そういう言い訳を与えてけば面倒な事にならないからそうしているだけだ。
まあ、この女が鵜呑みにしているとも思えないが。



「…何の話よ」
「五日前」
「…」
「お前、うちの人間と会ったよな」



一瞥。 が初めて溜息を吐いた。



「詮索なんかするもんじゃないわ」
「どうだった」
「…聞いてどうするの」
「いいから答えろよ、



寝具から這い出たまま、煙管を持った方の手を握る。
は口を開かなかったが、
徐々に力を入れると観念したかのように吐き出す。


あんたの弟の相手をしたのよ、それが悪いの。


こちらが口を挟む前に続ける。


そういう仕事なの、知ってるわよね。


流石に顔色が変わっており、
酷くマズイ状態だという事は理解しているらしい。


お前の事をどうだとか、そういう話じゃない。
これに限っては真実などどうでもいい。
いいとか悪いとか、そんな簡単な話でもなく、
単に許せないだけだ。


理屈など、必要か?



「…やれ」
「え?」
「同じように」



一挙一動、微塵も狂わずにと言い切る尾形はきっとどうにかしていて、
こうなる事は何となく想像出来た。


そういえば面影が似ているかも知れないなと、
こちらとしてはその程度の感覚だったのだが、
この反応を見る限り相当に根は深い。
迂闊に触れるべきではなかったと思うのだが、それは余りにも今更だ。



「…付き合いで来たのよ」
「だろうな」
「二度はないわ」



完璧な嘘を吐けば救われるのか。
真実さえ知らずに済めば恙なく終息するのだろうか。
そうとはまったく思えないが心を込めて嘘を吐く。


お前の父親とも寝ているのだと告げれば、
尾形はこちらを殺すだろうか。




OKE(尾形クッソエロい)2017
若尾形話です
触れられたくないとこに
ガンガン触れていくスタイル
勇作さん存命の、尾形がまだ坊主の頃か
女の趣味が同じとか、血の繋がり感じますね
こういう事を経験し、ああいう大人になる


2017/12/02

NEO HIMEISM