嘲笑う道化師の思惑












目覚めた瞬間の絶望を覚えている。
酷く深い眠りだった。


それから突如醒めた瞬間の眩しさ、一旦止まった脳。
目を開ける事が恐ろしくきつく瞑った。
動機が激しくなり、とりあえず今置かれている状況を考える。
どうもこうもなく目を開けた。


肌に慣れないサテン織シーツ、薄手の羽毛布団。
どこまでも沈みゆく枕の中に尾形がいた。


悲鳴をどうにか飲み込み、この最悪の事態を理解する。
まったく覚えていないが、この男と寝具の中に沈んでいるという事は、
恐らくそういう事なのだ。
当然自身も服など着ておらず、もうそういう事なのだと認めざるを得ない。


確か昨晩は、この尾形をメインゲストとして開かれた、
食事会と銘打たれた飲み会が行われたはずで、
その場に はいなかったはずだ。


この尾形は本社からおいでなさった視察の人間であり、
現在、支店を上げての大接待が行われている。
この男がそれをどう感じているのかは分からないが、
何やら平然と素知らぬ顔をしてるもので、
掴みどころのない男だと思っていた。


この年で本社勤務という事は、よほどのやり手なのだろう。
日頃、何かとエリートをひけらかしてくる上司たちが
こぞってゴマをすっている姿を見て、社会の縮図を垣間見た気がした。


絶対全員参加のその食事会を控え、
取引先の無茶振りを喰らった は、
文字通り一人で対応に追われていた。


明かりが半分は消されたフロアに一人、
あいつら本当に置いて行きやがったと独り言を言いながら
決死の対応を続ける。


気づけば22時を回り、
食事会はとっくに終わった頃合いだなと溜息を吐いた。


我ながらの対応力である程度事態は落ち着き、
コンビニで何か買って帰ろうかとPCの電源を落とした時だ。


まだやってるのか。


尾形の声がした。
驚き振り返れば、何故かそこには尾形がおり、
つい先刻まで が必死に作っていた資料を手にしている。
嫌な予感がしたが、当然それは的中し、まさかのダメ出しが始まる。


えっ、こんな時間から?嘘でしょう?


そう思えども、尾形は矢継ぎ早に指摘を繰り出すもので、
再度PCの電源を入れるはめになったのだ。



「あの、尾形さん…」
「何だ」
「食事会は…」
「終わったよ」
「何で戻って来たんです…?」
「悪いか?」
「えっ」



悪いとは言えず、黙り込む。



「お前、月島の恋人だろう?」
「!」



特に理由はないが、何となく社内恋愛は他言無用かなと思い、
誰にも知らせていないはずだ。
それは付き合う前からの決定事項で、
は勿論、月島が誰かに漏らすわけはないと思うのだが。
余りに咄嗟の出来事に、上手く言葉も出て来ない。


尾形はこちらの反応を伺うように顔を覗き込む。
思わず視線を逸らした。



「ああ、誤解させたな」
「…」
「こっちと違って、本社はもっとオープンでね。
 家族や恋人の写真をデスクに飾ったりしてるんだが、それを見た」



そう。月島は一年前から本社へ転勤になっている。栄転だ。



「話も聞いてるぜ」



確認の使用もなく、誤魔化す術もない。
これまでのやり取りで、尾形の名が出てきた事はなかったし、
あの性格の月島が、恋人の話など他人にするだろうか。


駄目だ。まだ言葉が纏まらない。
そしてやはりもう駄目だ。時間が経ち過ぎた。


これでは手の内が丸見えだし、ほぼ降伏状態と同義ではないか。
もっと上手く立ち回るべきだったと後悔しても遅い。


尾形はそこにはあえて触れず、ちょっとだけ付き合えよ、そう笑った。















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最悪の事態だが、起きてしまった事は既に取り返しがつかない。
この部屋は尾形の自室だろうか。
起こさないよう細心の注意を払いゆっくりと身体を動かす。


正面は一面が窓でどうやら海が見渡せる絶好の立地、
会社で誰かが言っていた噂通りだ。
まるで生活感のないこのフロアには、この沼のな白いベッドがあり、
少し離れた場所にリビングのセットが飾られている。
その対面がキッチンか。



「おはよう、
「!」



身を起こす寸前、尾形の声が聞こえ左腕を掴まれる。
大げさなほど身体がビクつき、一瞬息が止まった。
尾形は前髪をかき上げながら、



これは、随分とマズイ事になったな。


そう言った。


まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった、
お互い不注意だったな。


まるでそう思っていない口ぶりで言う。
左腕は掴まれたままだ。



「…何なの」
「何なのって、随分他人事だな」
「…」



お前も共犯なんだぜ。


そう言われ、身の程知らずにも食ってかかれば、
思い切り腕を引かれこの沼に引きずり込まれた。
尾形が身を起こし、両腕を掴まれたまま枕の山に沈む。


ほんの僅かな希望も失せた瞬間だ。
これは、



「騙されたって顔してるぜ、お前」
「あんた」
「被害者面してやがる」



尾形の親指が唇を撫で、そのまま顎を掴まれる。
自由になった左手を振りかざせば難なく交わされ、
尾形は笑いながら立ち上がった。
そのままベッドを下り、キッチンの方へと歩いて行く。


この室内同様、まるで借り物のような男だ。
真意はまるで分からないが、とりあえずこの状態は非常にマズイ。
尾形が離れた間に服を着てしまおうとこちらも身を起こす。
ベッド周りに落ちていた衣服を拾い、慌てて着た。



「送ろうか」
「…!」



ペリエを片手に尾形が笑う。
ずっとそうだ。
尾形もそうだし、こちらも。


最初から一貫して何も言えず、逃げる様に部屋を後にした。















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尾形の住むマンションは敷地が異様に広く、
散々迷った挙句ようやく出た先も庭園になっており、
自宅に戻るまで随分な時間が経過した。


涙の一つでも出るかと思いきや一切出ず、
只、胸のムカつきだけが止まらない。


昨晩、尾形と一緒に向かったのは、
あの男が日本にいた頃に通っていたという店であり、
確か会社を出てタクシーを掴まえ向かったはずだ。


互いに腹の内を探り合うような、確信を突かない会話を紡ぎ、
どうにかやり過ごせていると思っていた。


走り出しは順調だったが、徐々に道は混みだし、
何だか沈黙も面倒で、会話の時間が増えた。
車内で一瞬、確認したスマホの充電が酷く少なかった事を覚えている。


どういう理由であれ、男と二人で酒を飲みに行った事が最大の失敗だ。
そう。自分が悪い。そんな事は百も承知だ。だから腹が立つ。


部屋に入るや否やバックを投げ捨て服を脱ぎ、シャワーへ向かう。
頭から熱いお湯を被り目を閉じた。


何かよくない悪い渦が体内を駆け巡る。
体内を―――――



「…っつ!!」



渦は熱を持ちドロリと垂れた。
股の間を伝い落ちて来る。


初めて大きな何か、とりあえず声を上げた。
言葉にはならず、浴室内に音が木霊する。


尾形の残りカスは今、足元を流れ排水溝へ落ちゆく。
こんな扱いをされたのは、こんな思いをしたのは生まれて初めてだ。
いや、正しくは、こんな扱いをされるような真似をしたのは初めてで、
そうでなければこんな思いはせずにすんだのだ。


だからといって余りにも酷いやり口に一通り叫び、
そこでようやく涙が出た。















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そうして今、何故、尾形の運転する車に乗っているのか。


シャワーから出た後、腹を立てる余裕もない程、
一気に憔悴した が目にしたのは、
月島からの着信であり、それを受ける事が出来なかった。
少なくとも確実に動揺は伝わるからだ。


そうしてそのすぐ後に、次は尾形からの着信があった。
こちらは出たくないが出ないわけにもいかない。
尾形はすぐ側に来ていると、酷く不快な事を言った。



「…あんた何のつもりなの」
「別に、何も」
「何考えて中に出したの」
「別に」



酒も入ってたし、よくある事だろうと尾形は言う。
別にお前だけが特別ではないのだと、そう言う。
そういうリスクは承知で乗ったのではないかと、
お前こそなんで俺と寝たのだと、そういう事を言うのだ。
確かにどちらか一方が悪いわけでもなく、誰の罪も立証は出来ない。



「俺の知り合いの医者だ、足はつかないぜ」
「感謝しないわよ」
「別にいいさ」



お前にはもっと他の形で返してもらうのだと、尾形は言った。
この男は別に、罪悪感だとか、罪の意識だとか、
そういったものは持ちえないのだと、
間抜けな事に今、気づいた は、
月島からの幾度目かの着信に気づいている。



「72時間」
「…」
「残りは60時間くらいか。それがお前に与えられた贖罪の時間だ」
「あんた」
「お前の態度次第じゃ、俺だって寛容になるぜ」



手の中では、月島からの着信が続いている。


一度足を踏み入れた泥濘は一気にこちらを引きずり込み離さない。
対抗策などあるか。


もうここらで腹を括り、
こちらはこちらで守るものを守らなければならない。
自分で撒いた種は自分で、というやつだ。


わかったと呟き、二度とあたしに近づかないで。
そう返せば、電話に出ないのかよと、尾形が又、笑った。





アフターピルは100%ではないので過信してはいけない
というか、何かこういう話書いてすいませんでした
流れ的に中だしの方がいいんだけど、
私の倫理的に厳しいな…と思い一日考えた結果、
話の流れを優先して、マジ最悪な展開の話にしたわけです
OKE2017だから色んな話を書きたくて、、、

因みに後日談として、この主人公は特に誰にも何も言わず、
当然、月島にも何も言わず普通に生活していきます
アメリカドラマでは何故か言っちゃうんですけど、
誰も本当の事なんか聞きたくないだろ
ゆるせるわけないんだから。。。
尾形は本社に戻って終わり 二度と会う事もない


2017/12/02

NEO HIMEISM