とびっきりの供犯者












二年間の転勤もそろそろ終わりを迎えるといった時期だ。
こちらへ来る前の部署、そこの新しい責任者として戻るわけで、
そろそろ部屋も引き払わなければならないなと先の算段をする。


との関係は何ら変わりなく、
戻る旨を伝えたところ、彼女も喜んでくれた。
未だに毎日メールのやり取りは欠かさないし、
毎週末には通話だってしている。


こちらもだが、 も多分に激務だ。
最初、二年間の海外勤務を命じられた際には
多少なりともぎくしゃくとしたが、
結果を見るに関係性は深まったといえるのではないか。
そんな事を考えている。


帰国の暁には以前と同じく との同棲生活に戻るわけで、
そうなればもうそろそろ、といった話になってもおかしくはない。
彼女も年頃だし、こちらも責任をとるといった内容の話題は
色んな方面から聞こえ出す。
こちらも当然、満更ではない。


自分の両親と の両親の顔合わせはどうするかだなんて、
時期尚早と分かっていても考えてしまう程度には本気だ。



「よお」
「尾形か」
「戻るんだってな」



先に荷物を送っておくべく、
オフィス内の整理をしていた月島の元に、珍しく尾形が訪れた。
訪れたといっても、道すがら顔を出した程度だ。



「お前はずっとこっちにいるのか」
「戻る理由がないからな」
「たまには顔を出せよ」
「ああ」



にもよろしくな。


尾形は確かにそう言った。
大した会話などしないと思っていた為、
余り会話を聞いていなかったこちらのミスだ。
惰性で返事をしてしまった。


違和感に気づき顔を上げた時には既に尾形の姿はなく、
わざわざ聞きに行くような事でもない。


そういえば尾形は半年ほど前に視察へ出向いていた。
その時に会った可能性はある。
問題は、何故、この関係を尾形が知っているのかだ。
あれとそういう話をした事はないはずだが―――――


しかし、その他の人物とは詳しくなくとも、
薄っすらと話した記憶はある。
そういった話は広がりやすい。


迂闊だったなと一人呟きながら、私物の整理を続けた。
それ以降、帰国するまで尾形とは一度も顔を合わせる事はなかった。











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そうして今、 と対峙し、いわれのない不安を抱えている。
帰国後、そのまま と暮らしだし、
何不自由のない生活を送っていた。


共に同じ職場へ向かい、これまで失っていた共通の時間を積み重ねる。
二年の間、2人で寝る事のなかったベッドへ潜り込み、
朝起きるまで を抱く事も出来るし、喜怒哀楽も共有できる。


間違いはない、問題もない。
そろそろ互いの両親へ顔合わせでもしようかと、
そんな思いが現実味を帯びてきた。
互いに口にしないまでもだ。


同期の式に呼ばれる度に( の同期という事は、
月島の後輩になるのだが)少しだけ気まずい空気にもなるわけで
(しかも二次会では絶対にそういう話題を振られる。
未だ明言を避けている為に、酷く厄介だ)やはり話をしようか。
そんな時だ。
何気に口にした言葉。


尾形がよろしくって言ってたぜ。


洗い物をしていた がグラスを落とした。



「…誰?」
「え…いや、尾形だよ。視察で来たろ」
「えぇ…?」



よくわからないといった様子で話をはぐらかす を見て、
漠然とした不安に襲われる。
は洗い物を再開した。


妙に冷えた室内に、不穏な空気が充満する。
出所は自身なのか なのか。


気になればなる程、無駄に記憶を掘り起こしてしまう。
心に噛みついた、ほんの少しの棘は痛みを増す。
はきっと気づいている。
それなのに二の句が告げられないのは何故だろうか。


洗い物を終えた が何食わぬ顔でコーヒーを持ってきた。
顔を見る。にこりと笑う。
何も言えなかった。











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すっかり忘れていたというのに、この期に及んで何のつもりなのか。
どういう事なのか。
そもそも何故、月島がそんな事を言うのか。


最初、耳にした時、余りの衝撃にグラスを落とした。
その様が余りにも痴れていて、我ながら息を飲んだ。
月島に知れただろうか。


あの、人生最大のしくじり、二日間に渡ったあの悪夢。
記憶に封をし、すっかり忘れていたはずなのに、
何故この期に及んで蘇った。


絶対にあの一件は知れてはならない。
誰にも、月島にも、絶対にだ。
あの二日間の悪夢、それの最中に覚悟を決めたではないか。


これは全て自分自身の咎として墓場まで持っていく。
何があろうとも他言は無用、
尾形はどうでもいいといった様子だったし、
あの男が公言する事はまずないだろう。
では何故。


洗い物をしながらどうにか動悸が落ち着くのを待った。
こんな状態で顔を合わせるわけにはいかない。
全てが、この動揺が伝わった時点でアウトだ。


どういう流れでこんな話になったのか分からないが、
こちらの出方は決まっている。


ばれないように深く息を吐き、コーヒーを片手に月島の元へ向かう。
彼の顔は明らかに強張っていた。











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考え出せば辻褄は合うもので、すっかり忘れていた過去に行き当たる。
あの、 とまったく連絡がつかなかった二日間だ。
そんな日は、後にも先にもあの時だけで、
ようやく折り返してきた は何と言っていたっけ?


燻りだした種火はじわじわと、しかし確かに熱を増す。
猜疑はより一層力を増し、 の何もかも全てが如何わしく思えた。
その反面、馬鹿馬鹿しいと切り捨てたい気持ちも確かに存在する。


この件についての言い争いが増えた。
は一貫して何もないと言う。
あの二日間を追及しても、体調が悪かったの一点張りだ。


確かにそうで、 の言い分を信じる他ない。
今更、確認する術はないのだ。
それでも気になる。
心が穏やかでいられない。


なあ、 。お前、一体何を隠していやがる。



「だから、何もないって」
「…」
「もうこの話、終わりにしない?」
「明日、尾形に会うぜ」
「…」



好きにしたらと は言った。
もうここ暫くはずっとこの調子で、
三日後に控えた両者の両親との顔合わせに行く気が更々しない。
こんな状態で顔合わせも何もない。
だからといって今更中止も出来ない。


何せ証拠はない、この気持ちをどう処理していいか分からない。
二人しかいない室内はじっとりと滲み、
互いに背を向けたまま一つのベッドで眠る。
何も夢は見なかった。











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確かに尾形はやって来た。
又しても本社からの視察という名目でだ。
社内で見かけ、逃げる様に踵を返した。


月島と尾形が合う前に、口止めの一つでもしておこうと思ったがやめた。
下手な小細工はしない方がマシだ。
ボロが出やすくなる。


このままとりあえず月島の出方を伺う他、術がない。
わざわざ尾形が真相を言う道理もないわけで、
あの男の発言がないものとした方が妥当だ。


何を言おうとも、こちらは知らぬ存ぜぬで通す。
そう腹を括った。


月島からの連絡は一切ない。
週末の顔合わせが酷く億劫だ。
こんな状態で月島は先に進むつもりなのだろうか。


今思えば月島とこんなに拗れたのは初めてだ。
互いに言い合いをしたのも、傷つけあうのも、全て。


だけれど本当に傷つく真実は決して伝えない。
事実を把握出来ず、月島がどれだけ苦しもうともだ。
事実を知るよりは圧倒的にマシだ。



「お前、 と何かあったろ」
「!」
「答えろ、尾形」
「開口一番、何だよ」



そう言い尾形は笑った。
いつもの返し方だ。
常に笑い、正面から向き合わない。


今思えば、あの時にこの男がチラつかせた
との関係性も思惑などなかったのかも知らない。
それでももう今更だ。
発端の男に蹴りをつけさせる他ない。



「…何もないぜ」
「この」
だってそう言ってるんだろう」
「…」
「誰もが何もないって言ってるんだ」



それ以外に真実なんかあるのか?



「お前…」
「そもそも何だよ、それで、どうしたいんだお前。
 これで無理矢理お前の欲しい答えに辿り着いて、それで何がどうなる?」
「おい」
「俺を巻き込むなよ」



別れようが結婚しようが俺には一切関係がないんだよ。


一切の証拠がない状態だ。
だから尾形はこうも平然としているのだろうか。


只、自分一人だけが疑っているだけの状態で、
誰かの自供があるわけでもない。


そうかわかったと呟いた月島は、壁を力いっぱい殴りその場を後にする。


によろしくな。
尾形はそう言い、笑った。











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残業をした よりも戻りが遅かった月島は、
帰るや否や随分な憤りようで、碌々口を開く前に の手を取った。
初めて見る態度の月島に反応を考えあぐねる余裕もない。


無理矢理にベッドへ向かい、一言も話さず押さえつける。
月島の指は酷く冷えていた。


この状態では尾形が何を言ったのかがまるで分からず、
も口を開けないでいる。



「…何もないんだな」
「…」
「なあ、 。何もないんだな」



清濁併せ呑むような月島の口調に言葉が出て来ない。
こんな思いをさせているのは何よりも自分自身なのだし、
月島は気づいていて尚、確証が掴めず狂っている。


だけれど楽にしてはやれない。
真実は伝えられない。
毒を喰らうのはお互い様なのだと、月島には伝わらないか。


言葉なく、だけれど辛うじて頷いた を見た月島は、
一瞬だけ、一瞬だけだが酷く辛そうに表情を歪めた。
まるで今にも泣いてしまいそうな顔だ。


もうこれは後に引けないのだと分かっていても、幼稚な心がざわつく。
こんな事は正しくない。
こんな真似は余りにも残酷だ。


だけれど正せない。
一度の過ちは二度と取り戻せない。
何をしてもだ。


だからこうして死ぬ気で隠す。
彼がどれだけ傷ついていても、苦しんでいても―――――



「結婚しよう」
「…えっ?」
「結婚しよう、



狂ってしまったとしても。











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あれから話はとんとん拍子に進み、顔合わせのすぐ後に入籍した。
そして今日が結婚式だ。
酷く乗り気の月島は入籍の直後に会社にも報告し、
2人の関係は周知の事実となった。


誰もが祝福し、幸せいっぱいだ。
そのはずだ。


あれ以来、あの日以来、月島は一切の歪みも見せず、以前の彼に戻った。
件の話も一切口にせず、全てが終わってしまったようだ。



「よぉ」
「…尾形」
「俺も来賓だぜ、そう怒るなよ」



晴れの日が台無しだ。



「彼が呼んだのね」
「あぁ」
「…」
「贖罪か?」
「…」
「随分、献身的だな」



真実を隠した代償は果たして何なのか。
この結婚が正しいのかさえ分からない は、
間違いなく幸せなはずの明日さえ想像出来ず、
今この控室に座っている。


吐いた嘘の重みは日に日に増し、もうこの身では支えきれない。
だけれど誰にも言えず、後生大事に隠す他ない。


月島の事を愛していると思えば思う程、
これら全てが間違っているのではないか。
そう思えて仕方がないのだ。


あの日以来、歴然とした力関係が暗に生まれた気もするし、
何せこの数か月、子供が欲しいという月島の為に避妊もしていない。
無意識に逆らい難くなっている事に、恐らく月島は気づいている。


こんな関係が正しいとは思えない。
だけれど正しくないのはこちらも同じだ。
最初に間違えた道はどこまでも間違ったまま続く。


もうじき式の開始時間だ。
結婚おめでとうと言いながら月島とハグする尾形を見ている。


もう何もかもが悪い夢のようで、
人生最良の日でさえも上手く笑えないでいた。






結婚おめでとうございます
え?そういう話じゃない、、、?
結婚とかを書くの珍しいんですけど、
今年度で最も嫌な感じの話と相成りました
書いてる本人が一番ビビってます
ちょっと頭がどうかしてらっしゃる。。。
最低尾形の続きです
みんな最低になってハッピーエンドですね




2017/12/15

NEO HIMEISM