似通った口説き文句
まったく余りにも底の知れた猿芝居だ。
前後不覚になるまで飲んだとでも言いたげな門倉は、先程からしきりとを呼ぶ。
五回に一度くらいの感覚でそれに答え、
壁にもたれ今にも眠ってしまいそうな門倉の耳側で囁く。
どうしたっていうんですか。
そうして宙を彷徨う男の左手を掴み、
まるで心配でもしているかのように握り下ろす。
指先が僅か重なり、その瞬間、
この男から放たれる酷く厭らしいウイルスに罹った。
目に見えていたはずなのにだ。
だからこれはどちらかが悪いというわけではなく、只それだけの遊び。
互いに分かっているはずの遊戯だ。
酔った上司の介抱をする体で二次会へ向かう流れから外れ、
少し離れた大通りでタクシーを拾ってから合流するよ、なんて軽口を叩きながらだ。
正直なところ、この遊びは幾度目かで、
よくもこうぬけぬけとふざけた真似が出来たものだと思うのだが、
簡単に受ける自分も自分だ。
空車のタクシーはこの時間帯、なかなかつかまらない。
そんな事は承知の上で、人通りの少ないこんな場所に来たのではないのか。
「ちょっと、門倉さん」
「んん〜〜〜」
「ねえ」
地面に座り俯く門倉は相変わらず片手だけを挙げる。
一つ大きなため息を吐き出し、正面にしゃがみ込み囁く。
「酔ってない癖に」
「…ばれたか」
「酒臭いけどね」
早く自分で立ち上がってよと呟くは、
今まさにタクシーを掴まえるところだ。
こんな茶番に付き合ってくれる奇特な女を前に、
どうしようもない劣情が沸き上がり堪らない気持ちになる。
この、一過性の、激しい感情。
我ながら悪癖だと思うし、下らない真似だとも重々承知だ。
こんな真似はしちゃいけないよと平気な顔をして言えるのだし、
頭ではそう思っている。
道理は理解しているはずだ。
「ちょっと」
「悪い悪い」
タクシーをつかまえたが早く来いとばかりに手を差し伸べる。
躊躇することなくそれを掴んだ。
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何となく決まったホテルで何となく決まった相手と逢瀬を重ねる。
この年でラブホテルは余りに様にならない。
とはいえ気張ったホテルも腹の内が空けて情けない。
そんな下らない欺瞞の果てに行きつくのは同じ夜だ。
一度手にした女が二度手に出来ないとは何故か思えず
(だからって、そんなのは何も俺だけじゃねェだろう?)
こうして気ままに誘う。
一度寝た女はアンテナがこちらに向く。
少しの熱量でもすぐに気づく。
だからは今回も猿芝居に付き合い、こんな真似までする。
何も得るものはないはずなのに。
「お前も随分と優しい女だな」
「…何?急に」
「いや」
忘れた頃に触れる身体は、悪い夢の様に後を引く。
この部屋限りの彼女だな、なんて馬鹿丸出しの言葉を吐けば、
の眉間に深い皺が刻まれた。
悪気はないのだと言うが関係はないらしい。
これが潮時ってやつかい。
何もかも全て口に出す理由は続ける気がないからだ。
特に気を遣う必要もなく、身体だけ寄越せ。
それを回りくどく告げる。
「門倉さん」
「んん?」
「どうしてこういう事するの」
「んんん?」
一度発射した後の俗にいうピロートークがこれだ。
こちらの体力は一度の発射で割と持っていかれるし、
二度目ともなるとリカバリの時間は必須。
何ならもう眠い。
そんな睡魔を吹き飛ばすような、
まるでロマンティックでない会話だ。
の腹は読めない。
「そりゃあ、お前…あれだ」
「何?」
「愛してるって言ったっけ?」
「最っ低」
「え、何で」
「そういう事を平気な顔で言うとこ、最悪」
明日になれば何食わぬ顔をし、又、元の生活に戻る。
そこまでが醍醐味で、それまでがお遊びだ。
次はいつ、だなんて約束は当然しないし、期待もしない。
そもそもやる事なんて一つだ。
言葉にすると酷くチープになる。
キス、セックス、キス。
それの繰り返し。
昔からずっと、今も尚。
きっとこれからも。
この何もない部屋で一握りの嘘と温もりを等価交換する。
愛してないわけじゃないけどね。
がポツリと呟くが、気づかない振りをした。
はい初門倉ですエロいよねこの男!
特に何もやってないのにこいつエロいなあと
書きながらずっと思ってました
酔ってない癖に、のくだりを書きたかっただけです
2017/12/21
NEO HIMEISM