鬼と二人寝












だからこんな女に関わるのはやめろと、
それこそ月島は散々と言っていたわけだ。


女なんて他にも山ほどいるでしょう、坊ちゃんなら選び放題だ。
あそこのモデルの卵だとか、
あっちの最近売り出し中の女優だって坊ちゃんが誘えばついてくる。


だから、この、だけは止めた方がいいと、
何度言えども(いや、逆に何度も言うからかもしれないが)
まったく聞く耳を持たない。


鯉登の性格を考えれば確かに有り得ない思考回路ではないが、
まさかここまで容易く、まんまとの思惑通りに
いくとは思わなかった。


もう、最悪だ。
簡単に言うと最悪だ。


だから今、ここで、こんなホテルの一室で、
一糸纏わぬ姿を晒す羽目になっている。
最悪な女だと、こちらは知っているのだが、
何故だか当の鯉登にだけどうしてもそれが伝わらない。



「…今更後戻りなんて出来ないでしょう」
「クソ女…」
「坊ちゃんに聞こえるわよ」



まるで抱き合うかのように身を絡めあい、
耳側で囁く会話はそんなもので、
まるで、ちっともロマンティックでない。
これはそういう女で、昔から知っている女だ。













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そもそも、鯉登はこの界隈に昔から住まう政治家一族の御曹司だ。
そんなお坊ちゃんの側に何故、月島がいるのか。


この界隈は貧富の差が激しく、
その分、富める者は安全にどこまでも財を成し、
貧する者は死ぬまで貧しく、危険で汚い界隈に潜む。


幾度目かの選挙の際、貧困に重きを置いた。
対立候補が非常に人気の高い若手の男であり、
これまで通りのやり方では望み薄だという判断からだ。


接戦ではあったがどうにか勝ち抜き、
とりあえずのマニフェストを施行する。
その一環が貧困層の若者に対する職の斡旋だった。


抽選で行われるそれに、何の因果か選ばれてしまった月島は、
この我儘なお坊ちゃんの世話役に選出されてしまい、今に至る。


確かに住む場所も無償で提供され(鯉登邸の敷地内だが)
それなりの給与も保証。
坊ちゃんの我儘に付き合う分には全て坊ちゃん持ちだし、
これまでの人生から考えると随分と楽な人生ではある。


他の使用人から聞く限り、お坊ちゃんは好き嫌いが激しく、
これまで幾人も選ばれた世話役は、一人として半月と持たなかったらしい。
何故気に入られたのかはまったく分からないが、
口を開くごとに月島、月島と名を呼ばれるのは迷惑だ。


どんな育ち方をしてきたのかは分からないが、
こうも我儘でどうやって生きていくのかと都度思う。
しかし、恐らくそちらの世界ではそれなりにやっていけるのだ。


二代目として様々なパーティへ出向き、
鯉登の名に恥じない態度で接する。
見た目からは分からない、この性格を知らない女たちは
こぞって、このステイタスの塊に近づいて来る。


意外だったのは、女関係が割と派手だったという点だ。
よくよく話を聞けば、幼少期から様々な女が周囲におり、
筆下ろしも相当早い段階だったらしい。
上流階級の闇を見た気がした。


そんなお坊ちゃんの為、女関係に関しては余り気を配っていなかった。
妙な女に引っかかる可能性より、
ヤり捨てた女が何だかんだと悪評を立てる可能性の方が
圧倒的に高いからだ。
そんなものは金でどうにかなるし、


鯉登は鯉登で性質の悪い遊び方をする事も度々で、
尚且つ心は然程痛まないらしい。
我儘なお坊ちゃんの遊びの始末も月島の仕事であり、
泣く若い女を厄介だと思っていた。


そんなものは厄介の範疇に入らないのだと、
その時は気づけなかったからだ。
その日は突如、まるで災厄の様に訪れた。


とある著名人のバースデーパーティーだったと思うが、
いつもなら月島の側を離れない鯉登の姿が見えない。
そう言った場合は、女の人だかりを見つけるに限るのだが
(大体その中心にいる)それもない。


すわ誘拐かと会場を離れ周囲を捜していれば、
会場から少し離れた場所。
どこぞの国の大使館前にいた。


嘘のように、真っ赤な薔薇の花束を抱いた状態でだ。
何をやっているのかと離れた場所で様子を伺っていれば、
真っ白なノーカラーのコートを纏った女の登場だ。


真っ白なコート、真っ白なハイネック。
その上に存在する酷く赤い唇。


珍しく本気の女でも出来たのかと思い、じっと見ていれば
(これまでそんな女には出会った事がないが)女の面影に気づく。
化粧も変わったし、服装もだ。
印象はまるで違うが、あれは、確か、確実に―――――



「これは、マズいぞ」



意識せず声に出ていた。













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ベッドの上でを抱く理由は一つだ。
それを鯉登が望んだから。
では何故、鯉登がそんなものを望むのか。


それは、このバカな女の口車に乗ったからであり、
酷くバカバカしい理由だ。


そんな下らない話に俺を巻き込むなと思うのだが、
この女が絡むとそうも言ってはいられないわけで、
何の因果か鯉登の前でケツを丸出しにする羽目となった。
簡単に言うと最悪だ。


どういうやり取りをしたのかは分からないが、
開口一番、を抱けと言った鯉登は真顔だったし、
特にそれが特別な依頼だとも思ってはいなかったようだ。
只、当然そんな事を言われた月島は意味が分からないわけで、
二度聞き直した。


いいから黙って抱けよと、
言葉だけ聞けば異様に恰好いい台詞を吐く。
挙句、その現場に同席するというのだから完全にどうかしている。
それをが許しているという事も、
難なく鯉登が受け入れているという事実も、非常に理解し難い。



「…お前、何を考えてる」
「坊ちゃんの性癖じゃないの」
「違うだろ」
「じゃあ、あんたの性癖?」
「…!」



何故か一言も喋らず、こちらを見ている(であろう)
鯉登の事が気になり、一切の集中が出来ない。
このままちゃんと勃つのかも微妙な所だ。


月島がこのを知ったのは、まだここへ来る前、
あの掃き溜めにいた頃であり、その頃からこの女はこうだった。
どうにか抜け出そうと全てを使い生き抜く。


すっかり忘れていたが、そういえば一度寝た。
何の事はない、鯉登の事はまったく言えず、
一度ヤって二度目はなかった。
そういう女だと思っていたから。


だから、鯉登には幾度も警告をした。
だけは、あの女だけは止めた方がいいと。



「月島!」
「!」
「交代だ」



鯉登が徐に叫ぶ。
正直なところ、助かったと思った。













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その後、鯉登のセックスだなんて、
人生で最も目の当たりにしなくてもいい光景を目の当たりにした。


若さなのか、第三者がいても平気そうな顔で二人とも身を貪る。
その様がまるで獣の様で、それは美しいと呼べるのかも知れない。


月島が抱いたは今よりもっと若く、
そうして純粋だったのかも知れない。
月島が通りかかるのを待って、
偶然を装い声をかけるだなんて可愛い所もあった。
触れた指先が酷く冷えていた為に気づいた。


だけれどあの頃の自分はそんな所作さえわざとらしく思え、
一度抱いて突き放した。


あの頃の仕返しをしているのかとも思ったが、
余りにも今更だし意味がない。
素っ裸のままソファーに座り、ぼんやりと男女の絡みを見ている。
興奮するとかしないとか、そういうわけでもない。


今、丁度体位を変えが鯉登の上に乗った。
互いが指先を絡め、仲睦まじく腰を振っている。


別に、このの有様なんて、
それが自分のせいだとか、そこまで思い上がっちゃいないぜ。



「おい、月島!」
「はい」
「お前も来い」
「…」
「抜かずで終わるのは失礼だぞ」



そうですかね、なんて呟きながらゆっくりと立ち上がり
緩々とそちらへ向かう。


一通り動き終えたが四つん這いになり、
鯉登がそのまま後ろからセックスを続ける。
で、近づいた月島の性器を口へ運んだ。


何だかんだと思いながらも結果、口に出した。













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結果、この戯れが何だったのかという話だ。
翌朝、いや、昼前にを見送った鯉登は、
昼飯でも食いに行こうと月島に車を回させた。


これまでも鯉登の気まぐれに付き合ってきた月島は
今回も一切の言及をしなかった。
よくない事だが慣れてしまったのだと思う。



「もう十分でしょう」
「…満足したか」
「?」
「あれはお前のだろう」



だから俺に近づいたんだ、あれは。


平然と鯉登は言う。
最初、何を言われているのかよく分からなかった。
流石に動きも止まる。



「何だ、気づいてなかったのか」
「いえ…」
「まったく、呆れた女だな、月島」



この俺を欺こうとは大したタマだ。
だけれど。



「お前がいなくなると困るんだ」



だからそれを教えてやったのだと偉そうに付け加える。
つまらなくなるだろ、お前がいなくなると。



「それに、ああいう趣向もたまには悪くないしな」
「…」



ハンドルを握ったまま、二の句を告げる事が出来ない月島は、
早く車を出せと急かす鯉登の声を聞きながらも、返事を出来ないでいた。






わがまま坊ちゃん(鯉登)と世話役月島です!
今年中に鯉登を書くという目的を達成いたしました!
うちの鯉登はまるで奥手じゃないのうけるよね
イメージとしては幼稚舎からのKOボーイです
偏見である



2017/12/30

NEO HIMEISM