僕は泣くから君は笑っていて












普段と違う様子の杉元に気づいたが時すでに遅く、
何かしら声をかける前に振りかざされた手から反射的に逃げた。


それは恐らく咄嗟に、というやつで、
理由をはっきりと告げる事は出来ない。


それよりも問題は、その振りかざされた手だ。
最初から逃げ道が分かっていたかのように、
避けた先にそれは待ち構えており、強い力で掴まれ引き倒される。


悲鳴を上げる間も無く、杉元が馬乗りになった。
まるで事態が飲み込めず声も出ない。


身の上でこちらを見下ろす杉元の表情は暗がりではっきりと見えず、
似た背格好の別の男ではないかと思うくらいだ。


無言の数秒が過ぎ、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
堪え切れなくなった自身の喉から。
その刹那、杉元が覆い被さる。


ちょっと、やめてよ。何なの。やめて。


両手で抵抗を試みるも男の身体は微動だにせず、
荒い呼吸音だけが生ぬるい感触と共にその身を汚す。
普段の生活からは想像もつかないような、
それでいて当然のような展開だ。
この男の両手はこんな風に女を犯すのかと、妙に冷静な自身も存在する。


杉元の身体に押しつぶされ一切の身動きが取れない中、
感覚も酷く心許ない。
男の触る乳房、食む乳首、這う舌。
衣類を容易に裂く指先。


脳が展開を理解出来ず濡れやしない。
杉元が指先を舐め、少し強引に肉を割る。
僅かな痛みと共に進入したそれは蠢くだけで、やはり直結しない。


どうやら未だこの頭は現状を把握出来ていないらしい。
今、まさに杉元に犯されているという事実を。


すっと杉元が身を離した。
圧迫感が抜け一度、大きく深呼吸をする。
杉元が の片脚を持ち上げた。


ちょっと、本気なの。


身を起こそうと片肘をついた刹那、体内に割り込んだ性器の重みに呻く。
伸ばした腕は捉えられ、そのまま押さえつけられた。



「いっ…た!」
「…!」



もう、この身のどこが痛むのかも分からない。
只、思うままに腰を打ち付ける杉元の両腕に挟まれ
息を殺すのが関の山で、為す術はとうに失せている。


連続して等間隔の刺激が与えられれば、
大したものでそれなりに濡れ、相応の感触は得るらしい。
図らずとも熱を帯びてきた自身に動揺しながらも、
一切口を開かない男を見上げる。


杉元はじっとこちらを見ていた。
その事を知り、何故だか身が震え思いがけない感触に襲われる。


脳が誤作動を起こした。
きっと、恐らくは。



「あっ……ぁ!」
「―――――!」



の反応に連動し、杉元の動きがより一層激しくなった。
ガンガンとこの身を通過しそうな程、
打ち付けられる先から痺れ、どうにかなりそうだと思った。












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いつだってそうで、全て事が終わった後に我に返る。
この身に傷が増えれば増える程、
この肉に血の匂いが染みつく程にその傾向が強くなった。


恐らく無意識下、今回でいえば の事が記憶に残っていたのだ。
どういう思いでもいい、以前出くわした際には
社交的な彼女が親し気に挨拶をしてきたはずで、
それに照れ、目を合わせる事も出来なかった癖に。


どこにも行く場所がなかった杉元に対し唯一手を差し伸べた女だ。
故郷を捨て世捨て人のようにふらつく杉元に飯を与え、
住む場所がないと聞けば、口を利き部屋を準備してくれた仏のような女。


何でそんな事までしてくれるんだと聞けば、
困った時はお互い様でしょう、だなんて微笑む。
ここに至るまで散々な目に遭ってきた杉元の
ささくれた心は少しだけ和らぐ。
こんなにも優しい人間がいるのかと驚き、同時に憧れた。


元々血の気の多い性格だが、 の仲裁もあり
それなりに平和な生活を送るが、
そんな時間はほんの僅かなもので、
すぐに戦争が始まり、元々捨てる命だ。
自ら志願し戦地へ赴いた。


それからはずっとこうで、
頭のスイッチが入れ替わったかのように自分が自分でなくなる。


生き延びるために何でもやったのは死にたくないからだ。
四肢を四散させ、只の肉の塊になるのは嫌だ。


捨てた故郷が脳裏を過る。
諦めた夢が、殺したはずの思いが生への執着を深める。
そうして思う。
何故こんなところに。


あの村で幸せに暮らしていた未来もあったはずだ。
淡い恋を実らせ、家族と共に田を耕し生きていく道もあったはずだ。
それなのに何故、自分は今ここで血肉に塗れ命を燃やしている。
こんなところで死にたくなどない、犬死になんて絶対に御免だ。


心に躊躇はなくなり、それが当然だと思うに至る。
ここは戦地で、命の価値などないに等しい。
自分たちのような歩兵の命など。


只、生き抜く為に血肉を浴び、目的もなしに日々を暮らす。
一つだけ分かるのは、迷いがなくなった己自身だ。


それをそうする為に生きているような、酷く冷静になれる瞬間。
脳内麻薬が大量に排出され、生き物としての本能のみに支配される。
それが戦地以外で通用しない事は分かっていた。はずだ。


どんどんと治安が悪くなり暴力が横行する最中、
戦地以外でも命を付け狙う輩が出て来る。
そんな奴らが無造作に、酷く容易にこちらのスイッチを踏み抜く。
どんな結末を迎えるかも知らずに。


たまたま今日はそういう日で、負の悪い一日だったのだと、
乱れた衣服のままこちらを見上げる に言う事など出来るわけがない。


どうしたのと、さも何事もなかったかのように声をかける
の指先が割れている。
取り返しのつかない真似をしてしまったと頭を抱える杉元を前に、
為す術を持たない。


こうやって全てを台無しにしてしまうのだと呻く男は、
今しがた の大半を奪い去った。


そっと触れれば柔らかな肌に幾つもの傷跡が残り、
この男の心も同じような状態なのだろうかと、只、そう思った。






ずっと書きたかった、
佐一っちゃん〜不死身の杉元に至る
途中の話です(予想)
こういうふわふわした状況を経て
完全スイッチ切り替えタイプに移行みたいな
この話の前半部分をカッフェーで書きました
ドキドキしました


2018/01/09

NEO HIMEISM