私達だけの孤独












幼い頃はよく一緒に遊んだもので、
少し年の離れたあの姉からは手酷い目に遭わされ続けていた記憶しかない。


勝ち気というのか、男勝りというのか、兎に角、気の強い女であり、
流石薩摩の女だと幼い頃は持て囃されたが
(何の事はない、父上の目が届かないところでだ)
男女七歳にして席を同じゅうせず、とも言う通り、
徐々に彼女の世界は狭まり、非常に窮屈な生き方をせざるを得なくなった。


それはそれで間違いではないと思うし、
そもそも何故そんなにも勝ち気でいられるのかと、
こちらは度々思うのだが、
本人にもはっきりとした理由は分からないらしい。


父上に頼み込み、どうにか薙刀を続ける事は許され
(という事はこちらがその相手をしなければならないわけだが)
鯉登さんのところのお嬢は大変活発だと、母上が嘆くような噂が広まり、
嫁の貰い手がなくなるなどと女衆が焦るのもよそに、
彼女は悠々と薙刀を振り回していた。


幼少期は彼女の天下。
後ろをついて回り、やれ虫がどうだとか、
嫌に要領のいい彼女と要領の悪い自分だ。
一人だけ川に落ちたり田んぼに落ちたりと散々な有様だった。


もう少し年を取ると、は髪も結い、
艶やかな着物を着せられ、蝶よ花よと可愛がられる予定ではあったのだが、
これがちっとも落ち着かない。


父上がいる時は流石にちょこんと座り大人しくしているが、
そうでなければ新しい着物を着たまま野を駆け回りかねない状態で、
剣術に勤しむ自分に対し熱い嫉妬心を滾らせていた。


私もやりたいと事あるごとに口にし、
しょっちゅう叱られていた姿を未だ覚えている。


まあ、当然その願いは叶わず、
そうこうしている内に互いに歳を取りこちらは身体も成長し、
あっという間にを抜いた。
どうやら肉体的には相当に恵まれていたらしい。


それと反するように、はとっくに女性になっていて、
楚々とした生き方が望まれるようになった。


その頃になれば彼女も随分と慣れたもので、
パッと見ではあれだけ男勝りな中身など透けようもない。
母上が口煩く言っていた、嫁の貰い手も引く手数多だ。



「姉上」
「音之進」
「ご無沙汰しております」
「随分、立派になって」



父上も鼻が高いわねと笑う彼女は、
敷地内にある道場にて袴姿となり、
相も変わらず薙刀の鍛錬をしていたらしい。


ここで精神統一をする事が大好きなのと言うは、
やはり何一つ変わっていないのではないかと、
鯉登は思うのだが、そんな疑問は他の誰にも伝わらない。


あの頃、100回中100回負ける鯉登の背に足を乗せ、
馬代わりにして歩いていたと何ら変わりはしないはずだが。



「手合わせしていきなさいよ」
「(そらきた…)」
「何?」



しゃんとした背筋に真っすぐ前を見つめる眼差し。
只、周囲から求められるお嬢の振りを続けているだけだ。


彼女はとても華麗に舞うし、それが似合う。
ここでこうして薙刀を振り回す事が好きで、
きっと今だって山を駆ける事が好きだ。
家の中で大人しく花を生けるだとか、お茶を嗜むだなんて柄じゃない。
本意でない。


鯉登の名に恥じない素晴らしい女性として、
着々と磨かれている最中なのに、
昔のように笑わなくなったを眺め、
大人になるとはこういうものなのだろうかと、ぼんやりと思う。


から手渡された薙刀を手に、互いに向き合った。
彼女はこんなにも小さかっただろうか。
肩もあんなに華奢で、力も強くない。


山の中を駆け回り(彼女は寝ている猪を叩き起こし、
鯉登を襲わせるなんて真似もしていた)
こちらを振り回してばかりいたお転婆な娘だったはずなのに。


軽やかに舞う彼女を目で追いながら話しかける。



「姉上」
「何?」
「縁談の話が」



の動きが止まる。



「初耳ですか」
「…父上が戻られるとは聞いていたのだけれど」



そういう事かと呟く。



「気が進まないわね」
「そんな事ばかり言っているから母上が心配してるんですよ」
「見知らぬ人の元に嫁ぐなんて、想像が出来ないだけよ」
「…」



まるで、そんな真似はしたくないのだと言いたげだ。
そんなを見て思う。


やはり中身は子供のままであり、愛も恋も、そんなものは知らない。
一切触れた事もない。


こちらがどうかと問われれば、そんなのはお互い様だ。
二人ともそんなものは知らない。


ある程度の家柄以上の場合、
女性の結婚は政治的に使われるし、当人の意思など存在しない。
彼女は鯉登家の財産として贈呈されるべき存在だ。
そこが違う。


故に、贈呈後出来る限りの生活が出来るよう、
今回最高の相手をお連れした。



「素晴らしい方ですよ」
「音之進も知っている方なのね」
「花沢中将の御子息であられる、花沢勇作少尉殿です」
「まあ、花沢中将の」



それは素晴らしいお話だわと、まるで他人事のように呟く。
今回の縁談は既に確定事項だ。
そうでなければ、わざわざ薩摩までご足労頂く必要がない。


一足先に薩摩入りしたのは鯉登だけだ。
事前に出来うる限りの準備をすべく巻きで入った。


明日の昼頃には花沢中将を筆頭に、
勇作少尉、鶴見中尉、月島軍曹、そして尾形上等兵が到着する。
その並びに何故尾形が入るのかと思えば、勇作少尉たっての希望らしい。
護衛という名目で同行する事となった。


手合わせを終えたは、
明日はとっても大事な一日になるのねと、
やはり他人事のようにそう言い笑った。






ついったで派生した鯉登姉話です
エロいだけじゃないんだぜ!という所を見せたく
書き始めたようなものである
色々蛇足するんですけど、
@薙刀は明治のもう少し後の時代から広まる
A勇作が生きているという事なので、そのくらいの話
ちょっと考えても時系列が合わなさすぎるのですが
私はとりあえず一杯人を出したい病に罹っているので
超ふわっと読んでください


2018/01/15

NEO HIMEISM