運命はかくのごとく扉をたたく










翌日の鯉登の張り切りようといったらなく、
こんな様子の弟を見るのは初めてだと驚くばかりだ。
朝も早い時間から屋敷全体が忙しなく、
母上もすわ一大事だと言わんばかりに使用人たちを集め指示を出していた。


当のと言えば、朝一から湯あみをし、髪を梳かし、
あれやこれやと母上達が事前に用意していた新しい着物に帯を締め、
髪を新しく結い直す。
まるで今日にでも嫁入りしそうな程の念入りさだ。


完璧に仕上げたを真ん中に置き、万全の状態で来賓を待つ。
父上達は予定の時刻を少し過ぎた昼過ぎに到着した。


父上との顔合わせも随分久しぶりの事で、
そこが一番緊張したかも知れない。
初めてお会いする花沢中将は流石の威厳であり、
目線を合わせる事さえ憚られた。
父上と花沢中将が先に座敷へ向かい、その後ろに母上達が続く。


その後ろに続く軍帽を被った青年が軽くこちらへ会釈をした。
深く被っている為、表情までは読めない。
顔合わせを終えるまでは口を開かない方が良い。
はしたないと思われては困る。
こちらも軽く首を下げるに留めた。


隣で何故かそわそわとしている鯉登はその後、鶴見中尉の元へ駆け寄る。
鶴見中尉の事はも知っており、
父上と懇意にしている方だ程度の認識はあった。


この度はお日柄もよく、といった社交辞令を挟み、
良い日となった、鶴見はそう笑う。



「そちらの方は…」
「いえ、我々はここで」
「姉上、護衛だ。気になさるな」



軍服を着た男が二人だ。
二人とも、警護の為に玄関口で待つと言う。


小柄な方の軍人は愛想よく会釈をするが、
もう一人の方は只、こちらを見やりペコリと頭を下げるだけで、
すぐに別の方向に視線を向けた。











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顔合わせは盛大に執り行われた。
母上達が腕によりをかけて作った様々な季節の料理が振る舞われ、
ここ一番の地酒で持て成す。


勇作少尉は音之進の言う通り、非常に実直そうな青年だった。
笑顔が絶えず、だからといって軽薄なわけでもない。
誠実そうな男だ。


父親連中から突如振られる会話にも難なく対応し、
酒を注げば労いの言葉を忘れない。


対してこちらはといえば、
この慣れない席でロクに食い物の味もしない有様だ。


只、お前は勇作さんの言う事に対し、
何も言わずに微笑んでいればいいのだと、
母上達に口が酸っぱくなる程言われ続けた手前、
笑顔を絶やす事も出来ず
(きちんと笑えているかは別だが)ひたすら疲れた。
チラチラと横目で母上を見る限り、随分と気に入っているようだ。


何れこういう日が来るのだろうと頭では分かっていたが、
いざそうなってみると、まるで実感は沸かないもので、
まさか目の前の、今日初めて出会った男と
夫婦になるだなんて想像も出来ない。


下女たちは、やれ良き男がいるだとか、
恋した相手がどうだとか、母上に届かないところで
そういった話をしてくれる。


西洋の国では男女が互いに恋心を抱き、
結婚まで至る事があると聞き大層、驚いた。
自分には手の届かない話だと思って尚だ。


恋など未だ知らず、愛も分からない。
そんな状態で見ず知らずの男の元へ嫁ぐのは不安だが、
母上だって同じ道を歩んだ。


そうせざるを得ない、他の道はない。


音之進は鶴見さんの前で非常に上機嫌だ。
こんな様の彼を見るのも初めてで、
全てが目まぐるしく変わっていく中、
自分一人だけがまるで変われずにいる。


何一つ間違いのない人生の中、悠々と歩ける道が目前には続いている。
こういう生き方が正しいのだろうか。














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あの後、顔合わせは終わり男性陣の宴会へと突入した。


席を離れたの元へ近づいた母上は、
勇作少尉を大層気に入っており、
これ以上の縁談はないと断言していた。


窮屈な着物を脱ぎ、あの酷く疲れる場を後にしたは、
その足で道場へ向かった。


近い将来に自分を待ち構える未来がはっきりと見えず、
それでいて今日の出来事もまるで消化できない。
そうあるべきと言われる未来が、まったく予知出来ず気持ちが悪かった。


昔からそういった時には道場で精神統一を試みる。
離れの一つ先にある道場はいつも静かだ。
父上や勇作少尉、音之進たちは宴会を続けている―――――



「駄目だ」



このままじゃ頭の中が全くスッキリしないと呟き、立ち上がる。


ここ最近は控えていたもう一つの気分転換。
父上や母上の目がある限り、中々出来ない
あの気分転換を久々にやってみよう。


まだ、も音之進も子供だった頃よくやったあの遊び。
山の中を駆け回る事はもう出来なくとも、
昔遊んだ場所位には辿りつけるかも知れない。


どうせ勝手知ったる山だ。
そういった安易な考えで裏山に向かった。
今なら誰にも咎められる事がない。


そんなを遠くから見ている男が一人―――――
見回りをしていた尾形だ。


この、まったく不本意な長旅に付き合わされ、そもそもうんざりしている。
花沢中将だって恐らくは同じような思いを抱いているはずだ。


お前が来るべき場所ではない。


それなのに、護衛という名目で何故、
同伴する羽目になったのかといえば、勇作少尉の存在他ならない。


兄上にどうしても同席して頂きたい、だなんて有難迷惑な言葉を頂戴した。
冗談じゃないと断ったが、あの男もやけにしつこい。
花沢中将が嫌がられるでしょうと、やんわり告げても
私が説得すると言い切る。


おかげでこんな、薩摩くんだりまで下る羽目になった。


鶴見中尉の護衛として、尾形と同じく同伴した月島軍曹も
決して本意ではないだろうが、彼は大変忠実な男だ。
今も職務を全うすべく玄関前にいる事だろう。


そんな折だ。
広大な敷地の中、離れの先に小さな道場が見え、
そこから女が一人出て来る。


華美な着物ではなく、袴姿で髪を一つに束ねた女だ。
女はきょろきょろと辺りを見回し、裏山の方へと向かう。
ふと振り返り空を見上げれば遠くに雨雲が見えた。






ついった上では、姉が尾形を好きな事を知り
発狂する鯉登という話をしており、
もっとバカそうな話になる予定だったんですけど
思いの他、かための話になってしまったのだよ
勇作、絶対男前だよ〜〜
そしておばさん受け滅茶苦茶良さそう
この時の鶴見さんはズル剥け前になりますね


2018/01/15


NEO HIMEISM