蛇の甘言










まったくくだらない時間を過ごす為に、
こんな薩摩くんだりまで足を運んでいるわけで、
挙句こうして寝ずの番だ。


門の外には数人の二等兵が見張りをしており、
敷地内では尾形と月島が交代で寝ずの番を行う。
確かに今、この屋敷内にはそれだけの人物が滞在している。


勇作に縁談の話が来ている事を知ったのは少し前の事であり
(それもそうで、内々の話が尾形の耳に入る道理もない)
そういった年齢といえば年齢だと大した興味もなかった。


あの男は事あるごとに兄上、兄上と、
こちらとの距離を縮めようと試みる。
それが、只、堪らなかっただけだ。


この遠征に参加して欲しいのだと、
勇作が言いに来たのはそれこそ前日の話であり、
これまた何を言い出しやがったと返事に窮した。


急な話ですいません。
勇作はそう断り、一緒に来て欲しいのだと告げた。
それは良い考えとは思えないが。
そう渋る尾形に対し、私の縁談相手です。
兄様の義理の妹になるやも知れません、是非顔合わせを。
そう言うのだ。


正気かと疑うが、生憎この男はそういう男であり、
尾形の皮肉も通用しない。
こうなると奥の手を使う他なく、
親父殿が良い顔をしないでしょうと告げる。
それは恐らく事実だからだ。


いつもであれば、それで流石に引くところ、私が説得しますときた。
もうこれでは打つ手がない。


当然、親父殿は良い顔をするわけもなく、
一切尾形と目さえ合わせない状態で同行する事となった。
道中も、ここに到着しても尚、
あの男は尾形と視線一つ合わせる事がない。
その間でニコニコと上機嫌な勇作が哀れなほどにだ。


そもそも、あの縁談相手の娘も
一人で山に入るような女だし、どうなのかと思う。
流石、薩摩の女。
鯉登の姉君という所か。


この縁談は恐らく決定事項だ。
決まった話に向かい、決まったレールを歩いているに過ぎない。


そういう生き方を求められる人種は確かに存在する。
許された生き方を選ぶ事の出来る一握りの存在―――――


住人たちが眠る母屋から離れた場所にある小屋で
寝ずの番は行われている。
ここからは敷地内が比較的、満遍なく見渡す事が出来る上、
火を焚いていても明かりが母屋に届かず迷惑にならない。


田舎ではあるが、流石名家。
敷地が異様に広く、死角ばかりが目に付く。



「尾形さま」
「!」



突然の女の声に驚き振り向く。
がいた。
















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こんな所で何をしている。
口には出さないが流石に随分と驚いた。


勇作の縁談相手の娘が、浴衣姿でそこにいた。
羽織で身を隠してはいるものの、随分とはしたない姿だ。


そんな姿でお前は一体何をしていやがる。
どう声をかけていいか分からず数秒見つめ合う。



「私―――――」



娘の言葉は思いがけないものだった。
曰く、この気持ちは云々、初めて人を好きになった。
貴方の事を想うと夜も満足に眠れず、
居ても立っても居られず気づけばここへ来てしまっていた―――――


急な告白だがやはりそれも随分とはしたない真似だ。
そこらの町娘なら兎も角、名家のお嬢さんには似合わない。
否、してはならない、決して許されない。


好きになるも何も、お前との接触はほんの数時間しかなかったはずだが。
そう思うが、頬を赤らめ未だ
何事かを呟き続けるには当然伝わらない。


小娘の恋心など他愛もないというが、全ては幻のようだ。
お前はそもそも、俺の事なんて一つも理解っちゃいないぜ。



「馬鹿な真似ですよ」
「でも」
「こんなところを見られては事だ」



その真意はに伝わらず、一向に言う事を聞く気配がない。
尾形がどれだけ優しく窘めても同じで、
己が思いをどうにか伝えねばならないと、
それだけに憑りつかれているようだ。


恋は盲目というが、これは余りにも厄介だ。
こんな場面を誰かに見られようなら、ただではすまないんだよ、俺が。


が一歩近づくごとにその分、距離を離す。



「でも、尾形さま」
「…」
「胸が苦しいのです」



これは想像以上に随分と厄介な状態で、
他に知れてはならないし、長引かせるわけにもいかない。


初恋だと憚らず口にするこの娘には悪いが、
そもそも初恋など成就しないものだ。



「…あんたは中将の息子と縁談を控えてる。
 そんなあんたに、みすみす手を出す馬鹿がどこにいる?」
「それは」
「そもそも、こんな夜中にあんたとこうしてるってだけでも相当マズイ。
 下手すりゃ死罪だ」
「…」



お嬢さんの気まぐれに付き合うつもりはないぜ。
そう言い、止めの一言。


俺は妾の子でね。腹違いってのはそういう意味だ。
お嬢さんのあんたにゃ、分からない世界だろうが。


そう続けた。
が傷つく事は承知の上で。


でもそれでいい。
降って沸いたような恋心は跡形もなく失せた方がいいのだ。
これで大人しく引きさがってくれれば―――――



「姉上ぇー!馬鹿な真似をー!」
「!?」
「声が大き過ぎます」
「尾形貴様ァー!」
「余り騒ぐと人が」



静寂を切り裂いたのは音之進の叫び声であり、
その後ろに休んでいるはずの月島の姿も見えた。
ほら、だから言わんこっちゃないんだと、
うんざりとし溜息を吐き出す。


ほら、あんたのお迎えが来たぜ。
そう言いを見やれば泣いており、
こいつは参ったと流石に天を仰いだ。



「姉上…!?」
「…」
「!?!?」



そもそも何故、音之進と月島がここにいるのかという話だ。


布団に入りようやく眠りに落ちる、といった瞬間に突如襖が開き、
音之進が侵入して来た。
月島のいる部屋は入口に最も近い納戸であり
(何事かが起きた際、出入り口に最も近い為、月島自身が申し出た)
そこで多少騒ごうと家人たちの耳には入らない。


どうしたんですか。
寝ぼけ眼でそう聞けば、嫌に真剣な眼差しで、
ここ最近、の様子がおかしいのだと言い出す。
何がですか。どうですか。
そう聞けども明確な答えは返ってこない。


それでも、問いただすと言って聞かない音之進について
の元へ向かうも蛻の殻であり、
血相を変え母屋を飛び出した音之進を放っておく事も出来ず、
今に至るわけだ。


しかし、今、まさに尾形と目が合い、流石に察した。
はそこで静かに泣いている。
それだけだ。


彼女の涙を目の当たりにし、
驚き声さえ出なくなっている音之進に変わり、月島が声をかける。


さま、早く戻りましょう。お体に障りますよ。


月島は二人を連れ母屋へ戻って行った。





初恋クラッシャー私見参
尾形は悪くないのだよ
悪いのは誰かと言われれば私です
月島を無理矢理登場させた理由は
叫ぶ鯉登を制させたかったからです
その為だけに無理くり登場
めっちゃ主人公泣いてたね。。。


2018/01/29


NEO HIMEISM