さよならなんて言わない








この部屋には紫煙が渦巻いている。
全身を揺さぶるような大音量でベース音が垂れ流され、
ほぼ半裸の男女が乱れる。
ここはそういう場所だし、そんな事は百も承知だ。
だから、こんな場所は好きでないし、用もない。



この紫煙の奥、普段はVIPルームとして使われている部屋に
は存在する。
屈強な黒人のガードマンを通り過ぎ、例の部屋に到着した。



「……誰も通すなって言ったでしょ」
「俺も好きで来たわけじゃないよ」
「じゃあ出てって」
「そういうわけにもいかないんだ」
「今あたしが何してるのかくらい、知ってるわよね…」



足元の覚束ないこの女は壁に手と付きながら
どうにか歩いている状態だ。
視線をこちらへ寄越す事はない。



肌の露出が極端に激しい
この室内を裸足で歩き回っている。
この女のこんな姿を見る為に生きているのではないのに。



テーブルの上に散らばった錠剤を無造作に手掴み、
強いアルコールで無理矢理に流し込んだ。
その場に座り込み痙攣する。



「…ドン決まりだね、
「…」



もうずっとこうして、早く死にたいと願っているだけだ。
だからここには誰も入れず、出来るなら棺としたかった。
このクラブの経営を始め、
この街の裏を牛耳る組織の運営は血の繋がった弟に託した。
あの男もの死を願っているに違いない。
そんなお前の姿は見たくないんだよと吐き捨てられたばかりだ。



「これ、何錠飲んだの」
「…」
「こんなの、何錠飲んだって死ねないよ」
「―――――」



アルコールが体内で逆流し、
粒になった錠剤の欠片を大量に吐き出した。
毛の長いカーペットに吐瀉物が散らばる。
苦い。苦い。苦い。
口の中全てが痺れる程苦い。



意識は朦朧としているのに、何故こんなにも辛いのだろう。
そして、何故ここに蜂名直器はいるのだろうか。
早く、消えてくれよ。



「全部吐き出すといい。身体に害のあるものは自然に拒絶される」
「―――――」
「水と、これも飲んで」
「…なに」
「デトックス作用があるから」



全てを吐き出し、一旦リセットでもしようというのか。
それで何がどうなる。どうもならない。
そんな事も忘れたのか。



「出てってよ」
「嫌だ」
「お願いだから、出て行ってよ、直器」



の声は震えていて、
それは彼女が泣いているという事を遠回しに伝えていた。
少しだけ動揺したが、それでもここを離れる事は出来ない。
何故なら、



「あんた、あたしの事覚えちゃいないじゃない」
「…」
「過去を知る為にここにいるのはやめてよ」

「あたしを忘れたあんたなんか、」



要らないと彼女は言った。
だからきっと、自分と彼女―――――
との間には何事かの関係が
成り立っていて然るべきなのだ。



の弟と名乗る男に、
数日前言われた言葉がぼんやりと浮かぶ。
あいつはあんたのせいでお陀仏だ。



「…忘れてないよ」
「嘘つきね」



弟と名乗る男に聞かされた
過去の話を口走ろうかと思ったが、
余計傷つけてしまうだけだと思い止めた。



こんな散々な痴態をこれでもかと見せつけられているのに
何故か心が我慢出来ずに来てしまう。



だけど彼のそんな思いも灰塵と消え、
失せる記憶に塗り替えられていく。



何だこの暗い話。。。
直器くんの話は何か大体こんな感じに、、、
記憶なくしちゃうからさ、彼は

2015/10/05

NEO HIMEISM