楽園に鍵をかけて鍵穴を塞いで










まるで夢うつつのような時間は呆気なく終焉を迎えるもので、
自室に戻った は冷えた肩を撫で摩りながら、
泣き濡れた顔を鏡に映す。


思いに溺れ間抜けな真似をしてしまった。
こんな事は許されない。余りにもはしたない。


尾形は、とても迷惑そうな顔をしていた。
あの表情を思い出す度に胸が締め付けられる。


こんな思いは初めてで、どう対処していいのかも分からない。
文献で幾度か眺めた恋心とはこういうものなのだろうか。
それは余りに辛く苦しく、甘く痛む。
恋という名の病―――――


ふと気づけば鏡越しに映る自身の背後、そこに音之進の姿が見て取れた。
襖の隙間からこちらを伺っている。
何か事が起きた時はいつだってそうだ。
ほんの少しだけ襖を開け、こちらの様子を伺う。
声をかけられるまで。


そういった所作は昔と変わらないのに、
もうとっくに二人とも大人になった。
立場も変わった。心だけ置き座られ。



「姉上…」
「何も言わないで」
「父上に知られては事です」
「わかっています」
「いいえ、わかってなどいない!!」



急に声を荒げる。
音之進の、その感情の起伏に驚いた。
彼はこんなにも感情的に吐露するような男だったか。


いや、違う。
そうさせたのは、自分か。


ふと気づけば止まったはずの涙が又、零れている。
己の杜撰な恋心に対してか、仕出かした過ちに対してか、
それとも―――――目


前で感情を吐き出す実弟に対してか。
情けないのだ。こんな己が。



「わかっているのなら、何故まだ泣いているのですか、
 誰を想い泣いているのですか!!
 それはいけない、それは、そんな真似は正しくないのです、
 姉上だって重々承知のはずでしょう!!」



語尾を荒げながら、感情を吐露しながら音之進も泣いている。
何故この思いが伝わらないのかと、彼は歯がゆくて泣いている。
そういったところも昔から変わらない。


許されぬ思いの果てに出奔した、だなんて話はまるで現のようで幻だ。
ここまで愛されては、己一人の思い等どうして貫ける。
まして、完全な片思いなのに。
目頭を押さえ首を垂れる音之進を前に、もう言葉を紡ぐ事は出来ない。


初めて恋をしました―――――
胸の中で一人叫ぶ。


私は初めて恋をしました。それが罪と知らず恋を。
よくない事と知りつつ。
私はじきに嫁ぎます。あなたに似た彼のもとへ。
この恋が罪ならば、これを隠し嫁ぐ私は罰されるべきなのでしょう。


黙し涙を零す は今、まさに恋心の清算をしようと足掻いている。
この、男勝りといわれた姉の初めての恋だ。


あれは出所など分からないものだと言うが、
こんなんも厄介な存在とは思わず、
まるで只の小娘のように泣く に驚くばかりだ。


だけれど、それは決して許されない。
泣いても喚いても、それだけは赦されない。叶わない。
の気持ちを思えば余りに残酷で、無情な決断だ。


でも、もうどうにもならない。
縁談は済み、彼女は嫁ぐ。
全ては決定事項だ。



「明日の朝から、何事もなかったように生きるのです。
 姉上は勇作さんの元へ嫁ぐのです。
 疑ってはいけない、考えてはいけない。
 勇作さんは良い方だ。姉上もそれは承知のはずでしょう」



は黙って頷く。



「彼はとても良い青年であり軍人であり、尊敬出来る方だ。
 お願いです姉上、」



その心、ここへ捨て置かれよ。


首を垂れそう願う実弟の前に、もう二の句は見当たらない。
泣きながらごめんなさいと呟いた。












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当然ながら散々な顔で迎えた朝だ。
泣き腫らした目は腫れあがり、母上が仰天していた
(このような顔では破談になってしまう、
だなんて騒ぎ立てていたくらいだ)


何も知らない父親連中は、
何だ何だ、その顔は、さみしくて泣いておったのか、などと笑う。
知れる事はないと、そこは安堵した。


まったく、いつまで経っても子供で困りますな。
もう里心がついたのか。
やいのやいのと飛び交う言葉に、
今すぐと言うわけでもない、まだ心の準備をする時間はあります。
勇作が優しく割って入る。


もう今更、何を言っても言い訳にしか聞こえないのだが、
そんな事はありません、悲しくはないのですと笑って見せた。
そんな と勇作を見ている三人―――――



「おい、尾形」
「…」
「二度と姉上に近づくなよ」
「私は何もしてませんよ」
「姉上の幸せを脅かすものは許さん」



それは当の姉上自身ではないのかと思うが言わない。
花沢中将はついぞ、一度としてこちらに声をかけることなく、
全行程を終えた。


何故こんな茶番に付き合わねばならないのかと思っていれば、この有様だ。
兎角、薩摩とは相性が悪い。


ふと視線を感じ振り返れば と目があう。
気づいていない振りをした。












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わたしははじめてこいをしました。それがつみとしらずこいを。
よくないこととしりつつ。わたしはじきにとつぎます。
あなたににたかれのもとへ。
このこいがつみならば、
これをかくしとつぐわたしはばっされるべきなのでしょう―――――



花沢勇作少尉戦死の報を受け、
膝をついた の背後、これは罰なのだと囁く自身がいる。
大声で泣く母上達を眺め、こちらはもう涙一つ零れない有様で、
自室に閉じこもりその業の深さに怯える。


勇作は死に、尾形は生き残った。
たったそれだけの事実が何より恐ろしく、この身を破滅へと導くのだ。




鯉登姉おわり!!!
初恋も何も一切叶わず終わりです
もう少し勇作の話が明らかになれば
続きを書きたいなと思ってるんですけど、、、
ちょっと今の段階ではここまでかなと
突如思い立った鯉登姉、
お付き合い頂きありがとうございまいした〜


2018/02/12


NEO HIMEISM