果たしてこの情は




真実であろうか











相変わらず辛気臭い屋敷ね、だなんて
減らず口を叩きながら我が物顔で侵入する。


コートもバックも少しでもその場に脱ぎ捨て、
それが床につく前に使用人が滑り込む事を
当然だと心得ているわけだ。


彼女は決して振り向かないし足元を見ない。
いつだって前だけを見て猪突猛進、行きたい方向へ進む。
そもそも、そんな彼女―――――
が何故急にここへ来たのかという話だ。


関係としては幼少期からの幼馴染であり
(彼女の父親は鯉登の父親と同じ派閥のとある政治家であり、
家ぐるみの付き合いだ)酒の席での話だが、
許嫁だなんて前時代的な制度を持ち出された事もある。


だが時代が時代だし、そもそも彼らも
そう本気で話していたわけでもない。
今となっては笑い話だ。


何不自由ない暮らしの中、
すくすくと育ったは非常に賢しく、
母親に似て美しく(某歌劇団のトップだったらしい)
そうして非常に我が強く育った。
環境から見るに、それも不思議ではない。


保育舎から共に過ごしているが、
彼女はいつだって輪の中心にいて、全てを侍らせていた。



「…どうかしたのかよ」
「何よ、音之進。いいじゃない」
「嫌だね、どうせ又、トラブルだろ」



お前が来る時はいつだってそうじゃないかと呟く隣、
鯉登の脇をすり抜け部屋に侵入する。


屋敷の入り口から、二階の離れ、
奥まった場所にある鯉登の自室まで一直線だ。


至って迷惑そうな鯉登を案ずる事なく、
勝手に侵入したは遠慮もなしにベッドに腰かける。


相変わらず殺風景な部屋ね。
見回しそう笑った。



「何だよ」
「別に、何もないけど」
「何もなしにお前が来るわけないだろ」
「こっちに来てよ」
「嫌だ」
「いいから」



あたしを抱き締めてよ。
そう言い両手を広げ待ち構えるを見下ろし、
又お決まりのこのパターンなのだと辟易する。


これは幾度となく繰り返された他愛もない遊びで、
確か始まりは15歳の夏ではなかったか。


二人が幼馴染だという認識は既に広まっていたのだが、
当の本人達にその気はまったくなく(も鯉登もモテたもので)
好き勝手な自由恋愛を謳歌していた。
環境が似すぎていて、そういう気になれなかったという事情もある。
問題は無かった。


職業柄、様々な催しを開く事の多いこの屋敷に
が訪れる事も珍しくない。
年を重ねれば重ねる程にゲストとして招かれる頻度も上がった。


あの夏の夕暮れ。
はゲストとして招かれた。
学校でも顔を合わせているというのに、
家でも会うのかと多少うんざりしたが仕方がない。
人々でごった返す大広間に同級生がいるのは奇妙な感覚だった。


フィット&フレアーの青いドレスを着た
詰まらなさそうに(この女は如何なる場所でも気を使わない)
壁際に立っていた。


そんなをエスコートすべく
(わざわざ言及する必要もないのだが、
父親陣にそうして来いと言われたのだ。厄介だ)近づく。


こんなとこ抜け出したいんだけど。
まるで映画のような台詞を吐かれ笑った。


その時は知る由もなかったのだが、
父親の部下である妻帯者の秘書と懇ろになっており、
その関係が拗れていた時期だったらしい。


未成年にして爛れすぎた性事情。
赴任して来たばかりの若い男性教諭や某有名企業のサラリーマン、
選ぶ条件に一定の財産が含まれている為、
対象は比較的年上の男に集中する。


よくよく考えれば単なる淫行なのだが、
男達は美しく若い娘に躊躇なく触手を伸ばす。
たかが小娘だと侮って。



「…どうせ、又、揉めてんだろ」
「何か、うざくて」
「お前、いつか刺されるぞ」
「嫌だ、熱すぎ。無理」



男の心を弄ぶだけなのだと、
まさかこんな小娘に喰らわされるとは夢にも思わず男達は憤る。
若い娘は気まぐれだ。だけれど手放し難い。


この女が何を求めているかは鯉登以外知らない。
鯉登が知っている事をは知らない。
ややこしい状態に陥ると、は躊躇なく鯉登の元へ転がり込む。


あの夏の夕暮れもそうで、別に初めてってわけでもないでしょう。
そう言い、解り易い挑発を繰り返すが、
酷く哀れに思え手を伸ばした。


まるでじゃれあうようなセックスを繰り返し、
その感触に慣れずにいる。
鯉登は鯉登で不自由しているわけでもない。
他の女と寝る時との、この差は果たして何なのか。


只、この部屋で寝たのは後にも先にもだけだ。
それだけは唯一と言えるが。



「あんた、まだあの人妻にご執心なの?」
「お前はどうなんだよ」
「今の男はもう潮時ね、
 未来の話とかするようになっちゃって。
 笑えるでしょ」
「そいつは萎えるな」



都合上、一度の射精を挟むが、
こうして事後の寝具の中で他愛もない会話を紡ぐ。
それだけの事がしたいだけなのに出来ない。


こちらとしてはそんなにも無為な射精に意味はないのだが、
そこが必要なのだ。にとっては。



「そんなに好きなの、その女」
「…」
「旦那、寝取ってやろうか」
「いいよ」
「相当簡単だと思うけど」



何故だかいそいそと泥濘に向かい直進する
の心中は察するに値しない。


別にお前を犠牲にする気なんて更々ないし、
好きだとか嫌いだとか、そういうのじゃないだろ。
俺も、お前も。


あの夏の夕暮れ宜しく、
沈みゆく太陽が朱と紺を交わらせ、
まるで別世界のような風景を作り出す。


身体を疲弊させる事で本質を見抜こうとするが、それは意味がない。
最初に選んだ手段が間違っているのだ。
その事には気づいていない。


真摯な思いは決して受け入れず、
まるで捻じれた薄汚れた関係が最上なのだと思い違えている。
酷く臆病な女だ。心も子供だ。
きっと恐らく、いつまで経っても。


そんなのお遊びに付き合う時間は嫌いでない。
何せこちらは昔々、物心がつく前から側にいるのだ。
こんな夜にうんざりする気持ちも分かるだろ。


だけれど、誰もの心中を察さない。
気づいている鯉登は助言しない。
その事に何れ気づくか。


気づいた時に彼女はこちらを恨むだろうか。




又してもKO坊ちゃん続編です
幼馴染話になるのか
前回の更新をした直後にお題箱に気づきまして
鯉登が続いた次第でございます
鯉登に関しては奥手か奥手じゃないかで
はっきり分かれていると思うのですが
こっちの方が書きやすい(私が)ので、、、
もし違ったら言ってください

リクありがとうございました!



2018/02/22


NEO HIMEISM