晩夏の斑












ああ、わかった。
月島はそう言った。
ああ、わかったよ、
お前の言う通りだ。


轟轟と雨風の唸る音が聞こえていた。
もう、かれこれ一時間弱だ。
ほんの通り雨かと思い、途中、見かけた廃屋へ逃げ込んだが、
この様子では一向に止む気配がない。


煤けた窓からは、まるで滝のような雨が視界を曇らせているわけで、
時折、闇を切り裂くような雷鳴までも轟く。


そんな中、今、まさに触れる月島の指、近づく男の匂い。
意を決した双方の胸中。
只々、果て無く罪深いこの身を互いに寄せ合う。


鶴見が準備した逃れられないレールに乗った二人だ。
あの男は基本的に詳細を告げない為、
この も突然連れて来られた。


既に鶴見の部下として忠義を尽くしていた
月島の前に連れて来られた は、
まるで興味がないといった目線でこちらを見定めた。
一言も口は利かなかった。


刺青人皮を集めるべく
連れて来られたという事しか分からず、それも女だ。
どういう使い道があるのかは知れない。


それでも鶴見が準備した女という事で、それ相応の待遇を心がける。
碌々、喋りもしないこの女は毒にも薬にもならなかった。



「…」
「…は、」



初めてこの女の声を聞いたのは、津山を捕らえた時の事だ。
件の三十三人殺しの津山。


同行している事さえ知らなかったのだが、
津山がこちらへ散弾銃を向けた瞬間、その刹那。
男の背後から伸びた白い腕と握られた刃先。
息を飲む間もない。


刃先は勢いよく津山の首に突き刺さり、
そのまま一文字に喉を切り裂いた。


津山。
はそう叫んでいた。


喉を切り裂かれた津山は、咄嗟に傷口を押さえながらも振り返り、
そんな の姿を眼に焼き付け、そうして笑ったのではなかったか。


倒れ伏す津山に跨り、 は何事かを叫んでいた。
怨恨だろうか。そう思えた。


暫くの間、そうして言葉を交わしていた彼女は、
津山の絶命と共に立ち上がり、
血に塗れた両腕をそのままに涙を拭っていたように思う。


皮を剥ぐべく群がる男達をよそに
立ち尽くす彼女に近づいた鶴見中尉は、彼女の耳側で何事かを囁く。
は暫くの間、そのままだった。













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雨足は衰えず、すさまじい音を立てながら辺りを浸していく。
こちらから手を伸ばしたが、
月島はいつもの眼差しで訝し気に眺めるだけでやはり近づかない。
警戒心の酷く強い男だ。似ていると思った。


鶴見から指示された通り、山を抜けるべく同行していればこの有様で、
この廃屋に駆け込んだのだ。
雪のない北海道の山は故郷の山とさほど変わらず、
嫌な思い出ばかり思い出す。


あの山奥の集落は酷く閉鎖的で仄暗く、他者を受け入れなかった。
土着的な要素が非常に濃く、血の繋がり強い人々で作られたそこで
は文字通り他人であり、
実際はその集落よりももっと奥深い場所で
ひっそりと息を潜め暮らしていたわけだ。


集落の誰もが知る由もなかったが、
逃げ延び都落ちした一族の馴れの果てだった。


閉鎖的な集落は、
よそものである 達を当然受け入れなかったが、
その分、一切の干渉も行わない。
生き延びる術は知り得ていた為、
互いに都合のいい関係性だったと思う。



「…私は津山を知ってたのよ」
「…」
「あの男は子供らに小説を読み聞かせたりしてね、
 私も少し離れた場所から聞いてた」



お前、いつも一人だな。
子供たちの輪に入る事のなかった
そう声をかけてきた初めての村人が津山だ。


今更な話だが、男は優しかった。


初めての接触は子の好奇心を刺激した。
とてもだ。


その日以来、 の日課に津山の観察が組み込まれた。
幸か不幸か、人知れず監視する術には長けていた。



「あの村には夜這いって奇習があってね」
「らしいな」
「津山は毎晩毎晩、色んな女の元へ向かってたわ」



あれはあれで求めていた。
愛される事を渇望していた。


頻度が高かったのは、よその村に嫁いだあの女で、
それはもう毎晩のように津山は夜這いをしていたし、
戦争で男手を取られていた女達も
満更ではない様子で受け入れていたと思う。


だが、途中で状況は一変する。


入営不適。
国は津山を不要とした。


それからの女達の掌返しは見事なもので、
一切の接触を断った。一方的に。


その様も はずっと観ていた。
そうして、その後に待ち構える惨状も全て。



「私に話しかけた村人は津山だけだったし、
 私に優しくした大人も津山だけよ。
 あの事件の直後、私たちの一族はそこを離れた。
 あんな事件が起きた以上、
 沢山の人が集まるのは目に見えていたからね」



あの惨劇の最中、津山は鬼へと変わった。
幼い頃から叩き込まれていた理論が成立する様を目の当たりにした。


。よく聞け。人は鬼だ。
何もない時は人の顔をしてのうのうと生きているが、
有事の際には鬼に変わる。
私たちの仕事は、その鬼を退治する事なんだよ。


没落した忍びの末裔の癖に、ご高説を垂れやがる。



「お前は?月島…」
「…」
「お前は何から逃れられない?」



産まれか、罪か。
そう言う話をしている。


鶴見が集めるのは手負いばかりだ。
そういう鬼もいると、聞いてはいたが。



「俺は―――――」



あのどうしようもない島と心無い人々。
そうして奪われた心。


同じく不遇な過去を話す月島はまるで心ここにあらずで、
やはり何をどうしても逃れる事は出来ないのだと知る。


ならばどうだ。
が囁く。
ならばここでその身を委ねろ。


頭の中にはいつだって津山が女を犯す様が焼き付いている。
あれの意味は未だ分からず、
それでも津山は、女達は飽く事なくそれを繰り返していた。
津山に至ってはそれがなくなり鬼と化した。


幾度か試したが同じだ。何も変わらない。
不遇でないからか。
そう思い月島に手を伸ばした。
鶴見の選んだ相手であれば不足ない。


お前もじきに鬼になるか。
なあ、月島。



「俺は、鬼だった」
「…」
「だが、もう」



の手が重なり、彼女が近づく。
ジリ、ジリ。
少しずつ距離を縮め、まるで獲物でも狩るかのように。
女達が津山にやったように男の肌を舐め、性器に触れ弄ぶ。


ああ、わかった。
月島が呟いた。
ああ、わかったよ、
お前の言う通りだ。俺も鬼になるよ。


月島の指先が初めてこちらへ触れた。
後戻りの出来ない合図。
踏み出してはならない一歩を越えた証となる。


だからってお前と苦しみあうのは御免だ。
雷鳴轟き、全ての音を掻き消す。


絶命寸前の津山は を見てもすぐには気づかなかった。
こんなにいい女がいたか。
そう呟き、犯させろ。嘯く。
何故なら彼はとっくに鬼だったからだ。
一度鬼と化した人間は二度と人に戻る事が出来ない。


その事を月島は知っているのだろうか。





最近の金カムのせいなのか
最近私の心が荒んでいるからなのか
何かこんな話を書いてしまってすいません
月島の過去が好きなんだよね(直球で)
あと、津山事件というか様々な猟奇殺人に関しても
比較的造詣が深い方なので使ってやった
主人公がとんだど変態でビビる
今回の更新は変な話二弾


2018/03/17

NEO HIMEISM