こんな所にいたのかい。
メメはそう言い、隣に腰かけた。
至極自然に声をかけてきたが、
こんな場所に偶然立ち寄るなんて事はない。
廃村になった故郷を見下ろすダム。
透き通る水の底に故郷は未だ存在する。
そこにあるのに触れる事は出来ない。
それが不思議なだけだ。
だからはここにいる。
では、メメは何故か。



随分長い間生きているような気もするし、
その中で幾度もの別れを味わったような気もしている。
全て過去の遺物。
劇的な感情も時と共に忘れる。



隣に座る男の名前はメメ。
他は知らない。
だから特に話す事もないのだが、
あれやこれやと男の方は話しかけてくるもので、
何となく断片的に単語を覚えた。



あの頃。
まだ、この村が生きていた頃。
そこで、出会った?



「…まだ、思い出せなかい?
「…」
「仕方ない、焦らないでいこう」
「…」



この男は何故ここにいるのだろう。












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桜の花びらの散る季節に訪れたのは、
この村の長にとある依頼を受けたから他ならない。
代々この村に受け継がれる呪いを解いてくれ。
そんな依頼だった。



人里から遥かに離れたこの村の場所を知る者は限られており、
遣いがいなければたどり着く事も出来なかっただろう。
長の家は村の中心部にある立派な平屋だった。
客人が来たと手厚く持て成され、
お疲れでしょうと寝床に案内される。
こちらの話は一切聞かず―――――
これは罠だとすぐに気が付いた。



有無を言わせない村人の行動、
明日の朝に話をしましょう。
そう告げられ襖は閉まった。
ザアザアと桜の揺れる音と、
そんな桜がつくる大きな影が障子にうつり幻想的な光景を造る。



「…お前は普通の人間じゃあないね」
「どちらのお嬢さんかな」
「ここの村人がいう所の、呪いさ」
「驚いたな。それじゃあ僕は、生贄ってトコかな」



襖の向こう側に女はいる。



「私も随分古い生き物でね…もう疲れたのさ。
 お前、あいつらをどうにかしてくれないか」
「…顔」
「何?」
「顔が見たいな」



依頼が来てすぐに調べたところ、
この村周辺の地域では頻繁に失せモノが起こっていた。
いつしかそれらは【人喰うモノ】と名を変え、
入り込めば二度と戻る事の出来ない忌場へと土地自体を変化させる。
土着的な呪いというよりも、後天的に作られた人為的な呪いだ。



しかし、村の長はそれらを古代から伝わる呪いとして利用した。
この村は外部の人間が齎す財で糧を得ている。
不要な人物を消すという生業で暮らしているのだ。
別件でメメが追っている事件に関わっていると知っていた為、
まんまと敵中に入り込みはしたものの。



「明日の朝、お前が生きていれば企てが知られる。
 お前、ここを開けてくれないかえ。
 儂らは自ら他人の陣地に入る事が出来ないからの」
「喜んで」



襖に手をかけ、ゆっくりと開ける。
ザアザア、桜の葉は揺れ白い花びらが世界を埋め尽くすようだ。
ザアザア、ザアザア。
白い花びら。
紺色の着物。
白い肌。
視界に入り込む情報を羅列する。
この村に連れて来られた古い妖怪。
とても艶めかしいその姿。



「綺麗だ」



思わず口を突いた。











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「抜け抜けと招き入れる間抜けとは思わなんだが…」
「ここから解放してあげるよ、それが僕の仕事だ」
「笑わせよるわ、お前風情に」



何が出来る。
女の気配がグッと濃くなり、桜が一層ざわつく。


この長の五つ前の祖先。
彼はこの村を憂いた。
こんな寒村がいつまでも生き永らえる事は出来ないと知っていた。
だから彼はこの山の奥に祀られていたとある石を手にした―――――
否、石の方が彼を呼んだのかも知れない。



祀った僧が死に数百年、誰も足を踏み入れなかった場所だ。
祠も既に朽ち、僅かばかりの結界に守られた石は
波長の合う誰かを待ちわびていたのだ。



「お前はもうここにいなくていいんだ」
「…お前!」



懐から取り出した石に刃を振り下ろす。
闇を切り裂くような悲鳴が村中に響き渡り、
桜が全ての花を散らした。
この桜も彼女の影響でここまで立派に花を咲かせていたのだ。
縁側には転々と血液の跡が残り、桜の木まで続く。
あの美しい女はとても古いものだ。
いつしか妖怪と呼ばれるようになった程に。



「…これで、解放されるよ」
「そいつは、良い事なのかい…」
「!」
「私は何故こんなところでこういう事をしているのか、
 ずっと分からないまま…いつしか己が名さえ忘れた」

「?」
「君の名前はだ」
…」
「君が何故ここにいるのかは、今となってはどうでもいい事だ。
 君を縛るものはもうここにはない。そんな事よりも―――――」



君は本当に美しい。
そう呟くや否や、彼女の姿は霧散する。
ジクジクと心が膿んだが仕様の無い出来事だ。



記録が古すぎて完全に調べる事は出来なかったが、
彼女は桜の下で殺された。思い人に。
そうして呪術に使われる事となり、
その昔、霊験あらたかな僧侶により封印された。
とても美しい女だった。



が霧散した場所に残された赤い球は
彼女の魂を封じ込めていたものなのだろうか。
分からないまま拾い仕舞った。



あの依頼は二人から行われたものだった。
一人は村の長、そうしてもう一人はその息子―――――
次期長だ。



都会に出ていた息子には村に戻るつもりがなく、
そうして生家の家業を認める気もなかった。
彼はゲイであり、実家が求める家庭も跡継ぎも作る気がなかったからだ。
その事実を知った父親は、息子のパートナーを消す事にした。
家業を使って。



愛するパートナーを家族に奪われた息子は、
ここで全てを終わらせるべく依頼を寄越したという話だ。
翌朝、全てを知った長はそのまま寝込み、
自動的に息子が跡を継ぐ事となる。
別れ際、どうするのと尋ねたメメに、
どうにでもなりますからと返した息子の言葉は
それから五年後に現実となる。










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「いつまでもここにいるつもりなのかい?」
「…」
「君はどこにでも行けるのに」



息子の言葉は現実となり、村はダムの底に沈んだ。
彼なりのこの村に対する復讐だったのだろう。
こんな村など消えてしまえという最後の呪いは
息子から放たれたのだ。



そうして、それと同時期にあの赤い球が動きを見せる。
ぼんやりとの姿に変わり、消えたのだ。
心待ちにしていた自分がいて、
少しだけ遣り切れなくなるが彼女の姿を探す。



予想通り、彼女は村の上にいた。



「お前はそう言うけど、何故かここから動けないのさ」
「…」



この下に沈む村は彼女の全てだ。
生まれ育ち愛を知り殺され、術具となった場所。
その全てを忘れた今でさえ魂に絡みつく。



隣に座りそっと手を重ねればがこちらに視線を寄越した。
物言わぬ目は何を思っているのか。
一層、祓ってあげた方がいいのかも知れないが、
何も知らないを祓うには聊か忍びなく、
それでいてジクジクと下心が疼くものだからこんな真似をしている。
美しさに囚われてしまっただなんて、それは言い訳にならないか。






愛の重さを推し量る術



はなかった






メメです!
あいつ、エロいよねーかっこエロいよねー
随分前に化物語を見まして、
当然の如くメメエロかっけー!となりはしたものの
その時期はサイトをガチ放置中だったものでね。。。
この度、改めて書く事になった次第です
エロい男は大好きだ(雰囲気が)

2015/10/12

NEO HIMEISM