いっそ全部0に戻せばいい
随分楽しそうに殴るのねと言われゾッとした。
安酒場での出来事だった。
ふらりと立ち寄ったその酒場は初見から最悪で、
ドアを開ければ店内の客共は一斉に黙りこちらに一瞥をくれる。
各地をフラフラと放浪していれば、よそ者が歓迎されない場所も侭ある。
この田舎町もその類かよと思いつつカウンターへ向かった。
客同様不愛想な店主に向かい、バーボンをロックで。
そう口を開けども当然返答はない。
返答はないが雑に提供だけはしてくる辺り、
辛うじて商売っ気は残っているのだろう。
マズイバーボンを舐めながら数秒だ。
よそ者は立ち入り禁止なんだよという、
まるでテンプレートのような言葉と同時に左肩に置かれた手。
ここはまだ我慢だ。
相手の出方を待つ。
そうこうしていれば無視してるんじゃねェと強めに肩を引かれ、
それからはもう毎度の展開だ。
とりあえず肘を相手の鼻先に叩き込み、
よろめいた瞬間、腹に強烈なのを一発だ。
「おい。騒動なら外でやってくれよ」
「うるせェ」
「てめェ!」
「親父」
おかわりだ。
一気に飲み干しカウンターにグラスを叩き付けた。
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その後はまあ、ありふれた展開で、
店内の男達が入り混じっての大乱闘だ。
やれやれと呆れ顔の店主は変わらずカウンター内でグラスを拭いているし、
乱闘に加わらない奴らは囃し立てる。
体躯の小さな月島は比較的簡単に舐められる。
そういった場合には拳で分からせるしかないわけで、
こんな大立ち回りも別に初めてではないのだ。
一人、二人と脱落していき、
最終的には月島だけがボロボロになりながらも残る。
街のごろつき程度なら幸いだ。
重火器を持ち出さない。
閉塞的な田舎にありがちなよそ者の排除という心理が働いただけなのだろう。
それは、俺がよく知るクソみたいな慣習なのだが。
痛む拳をそのままに、もう一度カウンターに向かえば、
今度は何も言わずとも同じ商品が提供された。
「隣、いい?」
「…金ならないぜ」
「そういうのじゃないわ」
あんた失礼な男ね。
「そいつは失礼したな」
視線だけで隣を見る。
赤いドレスを身にまとった派手な女だ。
そういう女だと見間違えても何らおかしくない。
「泊まる場所、ないんでしょ」
「あぁ」
「ウチに来る?」
「そういうんじゃ、ないんだろ」
相変わらずこの店のバーボンはマズい。
女は と名乗り、やはりそういうのではないのだと笑った。
そういう事ではないと散々言いながらも、
結局はこうしてもつれ合うわけで、
そういう事とは果たしてどういう事なのか。
そんな答えの出ない疑問が浮かんでは消える。
どうやらこの女はこの街ではそれなりに顔の売れた女らしい。
カウンターで行われた、そういう事じゃないの応酬後、
は月島の手を引き酒場の二階へ向かった。
あれだけの大立ち回りをした直後のせいなのか、
誰もそれを咎めるものはいなかった。
若しかしたらこの女を咎める人間がいないのかも知れない。
こういう閉鎖的な土地は男尊女卑の概念が未だ色濃く残る。
女が勝手な真似をする事は許されないはずだが。
そもそも、酒場の二階なんて売春宿と決まっているはずだ。
別に商売女がどうこうというわけではない。
そんなに潔癖ではないはずだし、喪に服すわけでもない。
最悪な事に、別にこちらが誘っちゃいないわけだし、
だなんて言い訳も生まれている。
二階に上がり女の後ろに続く。
予想通りそこは売春宿であり、左右の部屋からは女の嬌声が漏れ出ていた。
そういう如何わしい通路の先、もう一つの階段を登った三階。
階段を登ると突き当りにドアが現れ、その先のワンフロアが目的地だ。
女の部屋は生活感もあり、広く、そういう部屋には見えなかった。
「好きにくつろいでよ」
「そうさせてもらう」
「私も好きにするわ」
女と目が合い、それからは前述の縺れ合いだ。
別にこんな事には何も理由もない。
愛だとか恋だとか、そういうものの集合体とは違う。
只そこに男と女がいるだけの事象。
それに、あそこまで露骨に誘われたのだ。
乗った以上、断る道理もない。
「そういうのじゃないのに」
「あぁ」
「急に襲いかかるなんて、」
悪い男ねと が囁く。そんなのはお互い様だろ。
唇を舐めながら言い返した。
はこの小さな田舎町を取り仕切るギャングの娘だと言った。
この酒場と売春宿を管理しており、
お前みたいなよそ者の監視も兼ねているのだと笑う。
そいつは随分と楽しそうな仕事だな、月島がそう返せば役得なのよと呟く。
この部屋に通され、翌朝を迎える事が出来れば
この街でトラブルに遭う事は二度とない。
生存率は二割以下。
大きな天窓から差し込む月明かりに照らされたベッドの上、二つの影が蠢く。
「行先なんてないんでしょう」
「フラフラしてるだけだ」
目的もなく。
それは言わず。
「暫くここにいたら?」
「慣れ合う気はないぜ」
一度寝たからといって情なんて生まれない。
でもそんなのは、お前も同じなんじゃないのか?
そう言わずとも には知れたようで、そういうんじゃないわよ。
又だ。
又、それ。
「やけに冷たいのね」
数分前まで寝てたってのに。
の指先が胸の上で踊る。
こんな夜はそこら中に転がっていて、手を伸ばせばすぐに掴める代物だ。
本当に欲しいものだけが決して掴めず、いつだって零れゆく。
別にこの女が悪いわけじゃない、
今更、己を顧みるつもりもない。
生まれの負はどうにもならない。
どんなに足掻いても同じだ。
この余りあるクソみたいな人生に何の心残りもないが、まだ死ねない。
自分でもコントロールし切れない獰猛な本性は今か今かと出番を待っている。
誰の前でも、きっとあの娘以外の前では。
「随分、楽しそうに殴るのね」
「…どうだか」
「笑ってたわよ」
「…」
何も答えない月島の横、図星でしょうと笑った彼女は身を起こした。
一度寝た女は容赦なく距離感を詰めて来る。
それにきっとこいつは性格も悪い。
触れられたくない箇所を遠慮なしに鷲掴む。
が火をつけた煙草に手を伸ばし奪った。
彼女は何も言わず、新しい煙草に火をつけた。
月島の基ちゃん話です
時折垣間見える基ちゃんの部分を
クローズアップしてみました
謎の西部劇臭がとれない
2018/06/25
NEO HIMEISM