空っぽの遺影
まるで流れる様にこの街へ辿り着き、
少々の悪事を働き手にした小さな店だ。
前任の店長は音信不通となり、
オーナーから直々に指名されこの店を手に入れた。
これで一先ず、暫くの間は食うに困らないなと目先の皮算用をし、
特に興味もないが客相手に酒をつくる。
そもそも、あのオーナーは極めてグレーゾーンの人間だ。
ここで客商売をしたいわけではない。
そんなつもりでここに店舗を構えているわけではない。
よくないやり取りをする場所が必要だったわけだ。
その為に、繁華街に近く、
それでいて路地奥に位置するこの店を所持し続けている。
多くを知りたがらず、多くを求めない。
バックボーンがなく使い勝手の良い尾形のような男を求めていた。
時折訪れる不特定多数の奴らを、
奥の隠し部屋へ案内するだけの簡単なお仕事だ。
奴らの素性は何一つ聞かず、それは逆もしかり。
そうこうしている内に一般の客も増え始める。
立地の力だ。
その中に、はいた。
入れ代わり立ち代わり、色んな男と訪れる女で、
その見た目も相まって一々目に留まる。
その年齢の割に身に着けているものがやけに高価で、
そういう女かと思っていた。
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ある日の事だ。これまでも数回、ここを訪れていた男で、
何を生業にしているのかは見当もつかないが、
当然真っ当な暮らしをしている人間ではない。
隠し部屋の客に関しては互いに干渉しない事がルールだ。
言葉を交わす事もほぼない。
派手な柄のシャツを肌蹴たその男は、
いつもなら通り過ぎるはずのカウンターに座り、
何故か馴れ馴れしく話しかけて来た。
「あの女、知ってるか」
「いや」
あの女―――――
だ。
男は、奥の方で相変わらず違う男を連れているを顎で指す。
何となく、よく来ている事は隠した。
理由は分からない。
男は話を続ける。
あれは某大企業のご令嬢だ。
男癖の悪さは折り紙つき、この界隈では有名な話さ。
視線の先では、同じやり口でいろんな男を誑し込むの姿が映る。
男の言った某大企業とは、この国でも有数の一流企業であり、その男と同じくだ。
あの女に対する興味が俄然湧いた。
そんな女なら好都合だと、小遣い稼ぎのつもりで近いた。
男の言う通り、はほぼ連日クラブにいた。
一日目は様子見、二日目に声をかける。
あれだけ頻繁に店を訪れているにも関わらず、は尾形を覚えていなかった。
目前の男以外、視界には入っていないという事だ。
自分が興味のある事象以外、認識さえしないのだ。
そういう性格の女であれば尚更好都合だ。
さり気なく偶然を装い近づき、まず認識を得る。
すぐに手は出さず、一歩引いた状態で様子を伺う。
顔見知りになり、挨拶を交わす。
あえて他の女に声をかけ、姿を消してみたりだ。
の視線が自分を追っている事も知っていた。
その翌日、は又、新しい男と店へ来た。
視線を絡め、もう少しだとほくそ笑む。
思った通り、は尾形の誘いに乗った。
そのまま関係を続け、4回目のセックス後。
乱れたシーツの上、裸を隠すわけでもないは、
下らない話をしながらスマホを弄っている。
何だかんだと煩く喋り続けているが、面白いほど内容が頭に入って来ない。
そんなの背を眺めながら適当に相槌を返しながら、
ベット脇のナイトテーブルに腕を伸ばし灰皿を取る。
彼女が延々触っているスマホの画面が見えた。
と勇作のツーショット。
全身の血の気が引く。
ロック画面のそれは瞬時に消え、が振り返った。
もう一度とせがむ。
まるで砂の様に、酷くざらつく口付けを交わした。
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ざらざらとした心のまま数日が過ぎた。
あの日以来クラブへは出向いていない。
から特に連絡もない分、助かったと思った。
そんな折、あの男が訪れた。
あの、派手なシャツの男。
男は尾形の様子を見て笑った。
「その様子じゃ、知ったんだな」
「お前、何が目的だ」
妾の母親は、物心がついた頃には既に気が触れていた。
彼女は幼い尾形を道連れに無理心中をし、結果、尾形だけが生き残った。
生き残った尾形は祖父母に引き取られるが、
その祖父母も12の時に相次いで死去。
その後、親戚の家をたらい回しにされ、
妾の子がと蔑まれ、虐待に近い真似もされた。
忌み子と呼ばれ、お前に近づくと人が死ぬのだと言われ、
二度と近づいてくれるなと少ない金を渡される。
高校を中退し出奔。
その後、よくないことに手を染めながら刹那的に生きてきた。
この生を恨みはするが抗う気もおきない。
生きていくのも侭ならないと思っていたある日、
母親の遺言を弁護士が届けに来る。
まだ母親が正気だった頃に書かれたであろう手紙。
成人したら渡す約束になっていたのだと告げられた。
昭和から営業している古い喫茶店で薄い封筒を受け取り、その場で開封した。
初老の弁護士はレモンスカッシュを飲んでいた。
母親の文字を見るのは初めてで、
彼女のイメージもほぼ覚えていないのだが、線の細い華奢な文字だった。
百之助へ。
から始まる文面は、謝罪に終始していた。
最後。
実の父親の名を知る。
レモンスカッシュを飲み干した弁護士は、
その気なら力になるよと一言告げ席を立つ。
今更だ。
今更、何をどう思う。
感情の行先が自分でも分からないまま、父親の事を調べる。
現政権の中核を担う政治家。
昔から政治に携わる一族だ。
そこで勇作の存在も知った。
「俺は、あの娘の弱味が欲しい。詳しくいうと、あの娘の親父のね」
「調べたってのか」
「まあ、俺も仕事だからさ。恨まないでくれよ。
あんたにとっても悪い話じゃあないはずだぜ。なあ」
俺はこういう者だと渡された名刺には、探偵と銘打たれていた。
白石。名前は白石というらしい。
もし、その気になったら連絡してくれよ。
悪いようにはしねェ。
あんただって思う所はあるはずだぜ。
じっとこちらを見据えそう言う白石は、
恐らくこちらの事情も全て調べ尽くしているのだろう。
心のすきに入り込む魔だ。
考えとくよ。
顔を上げずにそう返した。
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だからってわけでもないし、今更どうこうしたいわけでもない。
セックス後に関係の精算を迫られ、隠し撮りを壁いっぱいに映し出した。
いいだろ、このプロジェクター。
今度うちもパブリックビューイングを始めようと思ってさ。
どうした?。随分顔色が悪いが。
知らされぬハメ撮りを目の当たりにし、
流石に言葉の出ないは弄っていたスマホを仕舞った。
「目的は何」
「ないよ、そんなのは」
「…」
「お前が考える事でもない」
こんな真似をしといて、今更無傷ってわけにもいかないだろ。
俺もお前も、あいつも。
お前だけは俺を愛してくれるよな。
上手く立ち回ってくれよ、。
こうして口火は切られた。
今更後戻りは出来ない。
だって、そもそも大した人生でもないし、願いもない。望みもない。
もうまるで微塵もその気のない女を犯すなんて、只々興奮するだけだ。
の胸元に指先を滑り込ませる。
彼女が微動だにしない現在、
室内にはの喘ぎ声が響いていた。
尾形と勇作です
勇作の許嫁に手を出す尾形
前回の続きで尾形視点です
白石を出してみました
次回最終、勇作視点
2018/07/15
NEO HIMEISM