祈る事ぐらいさせてくれてもいいではないか
基本的に最低な男だという事は事前に織り込み済みだ。
だってそもそもがスカウトだし、職業柄色んな女と会っているし、
よくよく考えれば付き合おうだなんて言葉は交わしていないし、
Lineの返事も基本、既読無視だし、電話は当然出ない。
それなのに月末のタイミングで顔を出し、
あれやこれやと手を変え品を変え、金だけを巻き上げていく。
そんな男を彼氏と呼ぶ女を前に、とりあえずの作り笑いを浮かべたは
氷の溶け切ったアイスティーを飲み干した。
この手の話を聞くと兎角、喉が渇く。
どこまでも続く砂漠のようなザラついた話だ。
どこにも救いはなく、それでも果て無く続く。
そんな女の話を聞き、共感してやり仕事に誘う。
彼女らの言う『彼氏』は大体がホストで、
時折、本域のヒモがいて(中にはその筋の、所謂本職もいる)次にスカウト。
女に夢を見させ金を巻き上げる輩は掃いて捨てる程いるのだ。
自分もその一端だという自覚もあるし、善悪の話をしようとも思わない。
只ひたすら喉が渇くだけなのだ。
今、の目前で頻りに瞬きを繰り返しながら
(昨日マツエクに行ってきたばかりらしい)話を続けているのは
ミルクちゃん(自称:恋の天使)であり、
彼氏の為にせっせと箱ヘルで身体を売っている22歳だ。
小柄なベビーフェイスが客に受け、引く手数多の売れっ子として名を馳せている。
恋の天使がどういうものなのかはまるで分からないのだが、
建前上禁止されている(それは違法になるからだが)
本番も簡単にOKする非常に頭と股の緩い女だ。
こういう女は金になる。
極めて寿命は短いが。
ミルクちゃん曰くの『彼氏』である男はのよく知る相手だ。
尾形。
この街のスカウトであり、の同僚でもある。
「で、ちゃん、聞いてるのぉ?」
「聞いてるよ」
「最近、ダ~と全然連絡取れなくってぇ」
でも彼ってお仕事スカウトじゃない?
お店のお友達とかに相談しても、
みーんな彼氏じゃないとか、騙されてるとか酷い事ばっかり言うの。
ダ~がミルクの事、騙すわけなくない?
ミルクはね、ダ~のお仕事の邪魔はしたくないの。
ダ~のお仕事って女の子と接するから、
どうしたって嫉妬とかされちゃうの。
みーんな、ミルクに嫉妬してるんだ。
ダ~と付き合ってるから…
ミルクがダ~の本命だから。
先程から同じ内容の話を延々とループしているミルクちゃんは、
ドロドロに溶け切ったパフェをスプーンで弄んでいる。
液状の元アイスクリームに浮かんだ桜桃をスプーンで沈め、
又浮かんで来たら沈める。
それの繰り返し。
まるでミルクちゃん自身のようだと感心さえ覚えた。
このミルクちゃんを捕まえてからというもの、尾形の売上は劇的に安定した。
やはり色恋の力は健在だ。
最近では高めの女を落とす為に長期戦を挑んでいるらしく、
当然このミルクちゃんのような捨て駒には連絡一つ寄越さない。
長期戦を挑める土壌を作り上げたのは誰でもない
このミルクちゃんなのだが、それとこれとは別。
いつの世も心は奪われた者が圧倒的に不利だ。
がここで、こんなにも下らない話を
聞いている理由も似たようなもので、聞けば聞く程不毛だ。
昨晩、当の尾形と寝た。
「こんな話、ちゃんにしか出来なくてぇ」
「わかるよ」
「ダ~に会ったら、ね?」
「分かってる」
会いたいなんて言ったら嫌われるかも知れない、
他の子からの嫉妬も迷惑だ。
だから同僚であるに、それとなく匂わせてくれと頼んでいる。
九割が男性で占められるスカウト界隈に於いて、
のような女性のスカウトは非常に珍しい。
この世界は基本的に男性社会であり、超体育会系。
女性だからと言って特に優遇されるわけではないからだ。
数多の危険も潜んでいる。
只、散々スカウトに搾り取られた女や、客にうんざりしている女。
要は男という生き物にうんざりしている女にとっては、
少なくとも身体を求められる可能性のない相手という需要が
多少なりとも存在するわけで、そこにの存在意義が見いだせる。
この扱いはスカウトよりも各種風俗店に多い。
OBである嬢が店の女の子を指導したりだとか、そういうやつだ。
ミルクちゃんとの会話は三時間にも及んだ。
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「…ただいま」
「よお」
「勝手に入るのやめてよ」
「別にいいだろ」
昨晩寝た中じゃねぇかと笑う尾形の隣をすり抜けようとするも、
男の手に阻まれる。尾形の手は冷えていた。
「三時間もくっそ詰まんない話、聞いてたんだけど」
「ミルクだろ、あいつヤバイよな」
「あんたずっと未読無視してるんだって?」
「いいんだよ」
あいつはそういうのが燃えるんだと笑う。
「って言うか、家に来ないでよ」
「…あいつにばれちゃマズいもんな」
尾形の吸う煙草は甘い香りがする。
珍しい銘柄のもので、わざわざ取り寄せていると言っていた。
そもそもこちらは煙草など吸わないわけで、
勝手に侵入した上で煙草を吸ってるんじゃないよという話だ。
煙草は吸わない奴が匂いには敏感だが、吸っている奴の方が変化には気づく。
「お前、あいつの事、本気なのかよ」
「…」
この尾形との関係は、随分昔まで遡る。
それこそ、小学校に入学する前だ。
母親同士の仲が良く、互いの家を頻繁に行き来していた。
その時にまだ未就学児であったと尾形は出会っている。
といっても、その頃の記憶などとうにない。
次に会ったのは大学の時だ。
はとあるガールズバーでアルバイトをしていた。
暇な大学生の遊びのようなものだ。
金にそこまで困っているわけではないが、好きな時に好きなものを買いたい。
友達の紹介ですぐに入店した。
適当に酒を飲み、好き勝手に男をあしらう仕事には簡単に慣れたし、
その華やかさも気に入った。
金回りがよくなり、大学の友達とは明らかに価値観が相違する。
持ち物に金がかかっている事はすぐに知れ、
構内でも浮き出した事に気づいていた。
ひそひそと噂される対象となったが特に気にもならない。
同じような立場の子は他にもいて、
やれ風俗で働いているだとか、パパがいるだとかだ。
そんな噂の中にはいた。
そんなに声をかけてきたのが尾形だ。
この尾形の事も噂では知っていて(凄腕のスカウトが同大学にいるだなんて、
都市伝説にもならない)まさかあの尾形だとは夢にも思っていなかったわけで、
丁度閉店後の同伴も終わり、タクシーを掴まえようと大通りへ向かっていた時だ。
『今の店に不満とかない?』
『時間考えなよ』
『…?』
『え?』
盛りに盛ったメイクなのに、よく気づいたものだ。
尾形は過去の話をし、の記憶をどうにか掘り起こす。
その日はLINEのIDを交換して終わった。
丁度その頃、はで店のオーナーからの誘いを受けていたところで、
不満も何も店を変えようという考えはなかったからだ。
「やめとけ」
「何…?」
「どっちに転んでもロクな目に遭わねぇよ」
俺は前も同じ事を言ったけどな。
尾形が紫煙を吐き出した。
そう。あの時のオーナーはキロランケだ。
キロランケはを気に入り、即手を付けた。
独占欲の強い彼はすぐに店を辞めさせ、今のポジションにを置いた。
他の男に触れる事無く、自分の目が完全に届く位置。
おまけに店の女達の世話も出来る。
オーナーの女という事で、他のスカウトたちも下手な真似が出来ない。
次に会った時、尾形は笑っていたのではなかったか。
お前、馬鹿な真似してるな。
そう言い笑ったのではないか。
「あんただって」
「…どうする?」
「只じゃ済まないでしょう」
「そうかな」
どっちに転んだって俺は痛くもかゆくもないのだと尾形は言う。
お前はオーナーの独占欲を舐めてたし、
一度足を踏み入れりゃ二度と抜け出せねえ。
俺たちと同じだなんて思ってたわけじゃねぇよな、。
商品だったお前が、俺たちと同等だと?笑わせやがる。
そういえば尾形はとっくに大学を辞めたらしい。
スカウト一本に絞る為だそうだ。
だからの思惑が知れた。
敵対する某グループの男が熱心に口説いている事、
も満更ではないという事。
「第七グループはデカいからな、恐らく日本一だ」
「…」
「だからって、どうしてお前が選ばれるだなんて思えた」
ちょっとおこがましいんじゃないかと尾形は言う。
昨晩、キロランケと喧嘩をしたは行きつけのバーでしこたま飲み、
泥酔の状態で街をふらついた。
どうやらキロランケに指示されたであろう尾形が彼女を捕獲し、
この自宅まで送ったのだ。
そこで寝た。
どちらから誘ったのかも覚えていない。
只、あの白けた朝に襲われた激しい二日酔いと、
冷えた尾形の肌だけは忘れられない。
「昨晩の事をお前は誰にも言えないし、
俺だって言うつもりはないよ、。
只、俺は言われるがままにお前を監視して、
それなりの事実をオーナーに伝えるだけだ」
「…」
「都合の悪い事実は伏せとくんだよ」
こうやって。
尾形が掴んだ手を軽く引き寄せた。
抗いも出来ず膝をつく。
誰の事も信用出来ないのねと呟けば、
あの街じゃあ誰だってそうだろうと笑う。
そんな世界にのこのこと足を踏み入れたお前が悪いのだと、今更責めるのだ。
久々のスカウト尾形です
この尾形が吸っている煙草は
『キース』です
チョコみたいなクッソ甘いやつ
尾形の同僚スカウト話でした
2018/11/05
NEO HIMEISM