傲慢・逡巡・憐憫








まるで胸を射貫かれたようだ。
思わず顔を上げた。



目の前に座る男の目を直視し、喉の奥で呟いた。
ちょっと待って。
この目の前の男は何を言った?



「…聞いてた?」
「聞いてたけど」
「じゃあ、どうする?」
「どうするって…」



連れ込まれた(言葉は悪いが恐らくそれが一番妥当だ)
ホテルの一室で貘と対峙し小一時間だ。
この胡散臭い男が何をしているのかは見当もつかないが、
こんな部屋をリザーブしているのだ。
ロクな事はしていないのだろう。
その分、異様に金回りは良い。



だから最初はそういうつもりで近づいたのに。
それなのに、どうしてこんな事になった。



ちゃんは、俺の事好きになってもいいんだよ」
「何それ…」



目の前に座る男は長い睫毛を震わせながら、
そんなふざけた台詞を口にする。
この場でなければ笑って流すようなクサい台詞だ。
それなのに、何故こうも絵になるのだろう。
見た目にも麗しいこの男が口にするからだろうか。



うっかりその意味深な瞳に吸い込まれそうだったが、
辛うじて生きていた危機感がそれを阻んだ。
こんな事が起きるわけがない。
何か、何かがあるに違いない。



「ええっと…ちょっと待って?」
「ん?」
「何が目的なの?」
「そんな!目的なんて!そんな下心はないよ」



こんな場面でこうも白々しい嘘を吐ける所が
余りにも普通でないのだ。
これまで陥った様々な危機のどれにも当てはまらない。
のこのことついて来たが、やはりこの男はマトモでない。
そんな事は、分かっているのに。



「だってここまでついて来たんだもの。
 ちゃんだって、満更じゃないでしょ」
「それは…」
「これまで、何度もこんな場面には遭遇してるんだろうし」
「…」
「あ、誤解しないで。そういうところも含め、気に入ってるんだから」



誰にも言っていない秘密を何故知っている。



「あ、何?これって秘密だったの?」
「…」
「そんな、怖い顔しないでよ」
「目的は」
「だから、ないって」



俺は本当にお前が気に入っただけだから。
貘はそう言い、真っすぐにこちらを見据える。
間抜けな事に、その時点ではっきりと理解したのだ。
ここから何もなしに逃げ出す事はもう出来ないのだと。
これまでの男共と違い、出し抜く事は不可能に近いのだと。



顔と金払いのいい若い男という予想を想定外に裏切ってくれた貘は、
この数十分の間に得体の知れないものへと姿を変えた。
それなのに何故ときめく。



「今、すっごい戸惑ってるでしょ、
「ええ」
「まさか、そんな自滅願望が自分にあるだなんて」



思ってもなかったよね。



「あたしに何をさせたいの」
「そんな」
「言っとくけど、高いわよ」



精一杯の虚栄を張りそう言いはしたものの。
全身がざわめくような興奮に襲われ、もう後戻りは出来ない。
貘の舌がゆっくりと唇を舐めた。
こんな身体がどうなるのかなんて考えもしない。
どうにでもなればいい。
どうにでもしてよ。





一体何をさせるつもりなんだ貘ちゃんは
書けば書く程恋愛とは無縁の男だと再確認するぜ

2015/10/19

NEO HIMEISM