こんな薄暗い部屋の中で腕を掴まれ息を飲んでいるのだ。
まさか彼が均衡を崩すとは夢にも思わず、
想定外の事態を招いてしまった。



自身に落ち度があったのかと思うが、まるで思い当たらない。
呼び出されこの部屋に来たまでだ。
では、何故。



「…創一様」
「違う」
「…」



何かの目的があり、
このような戯れを行っているのだろうかと想定する。
握られた腕は熱く、このままでは千切れてしまいそうだ。



ソファーに腰かけた創一の表情は読めない。
何故この部屋の明かりは消されているのだろう。
腕を掴まれたまま次の行動を選べないでいれば、
グイとそのまま引き寄せられ、創一の上に身を落とす形になった。
咄嗟に左手をソファーにつき阻む。



「お戯れを…」

「創一様」
「だから、違う」
「…」
「直器だよ」



近づいたせいで、表情が見て取れた。
普段は綺麗にまとめてある髪が下され、
まるで昔の創一に戻ったようだと思えた。
その下の二つの目はこちらをじっと見つめている。
そうして、彼は自身を【直器】と呼んだ。



「…直器、様」
「随分長い間、待たせてしまったね」
「…!!」



随分昔の白昼夢を思い出し、反射的に腕を引いた。
創一 ―――――
直器はそれを離さず、の背に腕を回し抱き寄せた。
これは、これは一体。



「お止め下さい」
「どうして」
「このような、真似」
「あの時の続きじゃないか」
「子供の戯れです」



まだ彼が未成年だったある蒸し暑い夏、二人は若さに迷った。
誰にも知られてはならない戯れだ。
既成事実を作る前に創一は身を引いた、ように思えたが。



「それならそれでいいじゃないか」
「…」
「その方が、君も言い訳が出来るだろ」
「そんな…」



そんな事を言いたいわけではないのだと、
あと少しで口走るところだった。
直器の手は遠慮もなしに身体を弄っているし、
確実にあの頃の彼とは違う。
だってあの頃の彼は、あの頃の二人は子供で、
何も知らず、只―――――



「嘘吐きだね、は」
「!」
「君はあの時、確かに泣いていたじゃないか」
「覚えて…!?」
「君は忘れちゃったみたいだけど」



これよりも近づいた距離があったのに、
彼は何の前触れもなしに姿を消した。
距離を十分に保ったまま。
心ばかりが置いて行かれたが、それも止む無しと諦めざるを得ない。
自分と彼の立場の差など、ハナから知っていた。
あれは只の白昼夢だったのだと自身に言い聞かせ、
自身を慰め暮らしてきたというのに。
只、側にいられるだけで十分だと。



「忘れてない」
「…」
「忘れる事なんて」
「…又?」
「?」
「又、泣いてる」



直器の頬に滴が落ち、透明なラインを描いた。
どうして彼は二度と蘇らない感情を、
こうも簡単に蘇生させるのか。
させたきり、飼殺す癖に。
こんなに待ち詫びた距離も熱も全て、
このひと時で終わってしまうのに。
だって、あなたは。



「僕は又、君の事を忘れるだろうね」
「…」
「だけど、今回知ったよ。こうして思い出す事もあるんだと。
 例えそれが、一過性のものだとしても」



僕はそれで構わない。
直器は言う。
今この瞬間は確かに君と惹かれあっているんだから、それでいい。



それ以上は決して求められないのだとは知っているし、
恐らくは直器も知っている。
だから今ここでとりあえずの心中を模倣する。
二人の心を殺し、恐らくは新しい明日を迎える為に。



こんな愛し方しか出来なくてすまないと囁く直器は、
いつまでここにいるのだろう。
そんな事をぼんやりと思いながら、死にゆく心を眺めていた。







本音を嘘だと偽っても







これまでの直器くん夢に比べると明るいけど
決して明るい話ではないという話です(長)
創一くんになると完全に忘れちゃうんだろうな、、、
直器くんなら辛うじて思い出せるんだろうけど
記憶の上書をされるわけで、
この主人公は賭朗の人間なので上書の記憶には入ってない
そういう立場ではね

・・・かわいそうだ

2015/10/19

NEO HIMEISM