駆け引き上手の誤算









うんざりする程バカな女だなとフロイドは呆れた風に言うわけで、
彼の物言いは恐らく正しいのだと思えた。



フロイドが所有する複数のヤサの内の一つであるこの部屋に
どうにか辿り着いた。
左腕の銃創は弾が抜けていた為、
彼が所有する薬でどうにか誤魔化す事が出来たし、
その時点で彼は転がり込んできた女の事を
多少なりとも気にかけていただろう。



同じ謎を追う者として、
口には出さないが仲間意識を抱いていたはずだ。
フロイドは陰謀を、はもっと単純な謎を追う。
彼女の場合はもう少し俗物的なもので、謎の影に潜む金銭を狙う。
特に高尚な意識を持つ事無く、はそうして生きている。
そういう所が割と気に入ってはいたが。



「だってあいつ何か本気なんだもん」
「そういうやり方だろうが、そもそもお前が」
「何か、これまでと違って」



本当にヤバいって思って。
痛む左腕を抑えながら言う。



あの夜、あの男が振り向かずに囁いた言葉。
月明かりに照らされ、遥か彼方の摩天楼さえ霞んだ。
その男の抱えるダイヤが欲しく近づきはしたものの、
男の力は想像よりも遥か強く、
その男は全てを知った上でを近づけた。
凌駕出来る力を持っているからだ。



全身が痺れるような殺意を浴びたのは生まれて初めてで、
一瞬の間に全身から汗が噴き出した。
男はこちらを振り向かず、只言葉だけを綴る。



お前の目的は分かっているよ、今ここで殺しても構わないんだ。
だけど。お前は美しいから。惜しい。



その瞬間生かされたのだと知り、その足で逃げ出した。
恐らくあの男は自身の側で
を一生涯飼い殺すつもりだったのだろう。
相当数の追手が差し向けられ、
命からがらここへ逃げ込んだのだ。



「誰だよ、そいつ」
「何かねェ、割と大きな組織の―――――」
「その組織の名前を聞いてんだよ」
「アイ…アイデアル?とかいう?」
「!」



思わず顔を上げたフロイドはを見た。
彼女は人の部屋のソファーの上、我が物顔で横になっている。
思いがけず大物の懐に入り込んでいやがったと思い、
よくも生きて戻って来たなと感心さえした。
その男からは別件で丁度依頼が来ているところで、
どうしたものか考えていたのだ。



「暫くは雲隠れだな」
「やっぱ?」
「お前がどの程度知ってるのか知らねェが、
 そいつは相当な大物だ。まぁ、どの程度の執着かは知らねェが…」



お前は美しいから。惜しい。
この二つの言葉を聞く分には、
その執着は相当なものだと予想出来るだろう。
この女は確かに美しく、そうして存在が惜しい。
無くすには惜しい生き物だ。



「…何よ」
「あ?」
「もう責めないのね」



昔はあんなにあたしを責めてたのに。
瞬間、目の前の風景が過去と混じり
すっかり忘れていた感情を思い出した。
この女と出会った頃の話だ。
十年以上昔の話になる。











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そういうちゃんとした関係なんて成立した事はなく、
そういえばそんな当たり前の関係を築く術さえ知らない事を知った。
別に何度か寝ただけじゃないとは言うわけだし、
現実には確かにそれだけの関係だ。
互いにロクでもない生き物だという自覚はあるわけで、
そんな二人が多少の慰めを求めたとして誰が咎める。



幾度目かの逢瀬の後、は仕事へ出向き暫く姿を消した。
一月、二月。戻るはずの日程はあっという間に過ぎ、
生存確率も同じように減る。
身体を重ねて何かが変わるわけでもないが、
何となく情のようなものは生まれるわけで、
幾ばくかの不安を抱いていた。



が戻ったのは半年を過ぎた日の事だった。
時刻は夜半過ぎ。
とある路地を抜けていれば、
紫煙を燻らせながらドアを開ける女がおり、
何となく足を止める。

気づけば名を呟いていた。



「…フロイド?」
「お前」
「久しぶりじゃない」
「ふざけ」



余りにも飄々としたの態度に腹が立ち、強めに肩を押した。
彼女の細い身体は簡単によろけ、レンガ造りの壁に背がついた。
薄く赤い唇から紫煙を吐き出すは何も言わず
ゆっくりと視線を上げた。
両の目にフロイドが映る。



「何を怒ってるのよ」
「…」
「なぁに?若しかして、心配してたとでも言うの」



挑発するような女の眼差しと唇、物言いに脳髄が痺れる程興奮した。
そのまま貪るように口付け、もっと奥の方、暗がりへ連れ込む。
は特に抵抗する様子も見せず、少しだけ笑っていたように思う。
この女はそういう女で、
俺たちの関係もずっとこういうものだったんじゃねェのかよ。



「……」



ソファーに寝ころんだに覆い被さり口付ける。
あの時と同じかどうかは分からないが、唇は同じだ。
あんなに情熱はなく、貪るような快楽もなく、それでも行為だけが同じ。
相手も心も。



「…何考えてるのよ」
「さァな」
「あんたも追われるわよ」
「今更追手が一人増えようが、変わりはしねェが」



コイツは頂けねェ。
道理がないんだと続けたフロイドは急に我に返ったように身を引き、
こちらに背を向けた。
恐らく彼は今の行為、それの理由を探している。
ソファーに寝ころんだままフロイドの背を見つめていれば、
過去に頂戴した情熱の欠片が零れてきそうだ。
何故か今のフロイドの中にはそれらが蠢いている。



だけれど、今更そんなものを差し出されても厄介だと思い、目を閉じた。
男の指が首筋に触れ、目を開けた。




初アイデアル出演
ラロとの明記はあえてせず…!
だってフロイド夢だからね!
フロイド、何かかっこいいんだよなあ

2015/11/01

NEO HIMEISM