永遠という長い時を僕が生きてきた意味

あの雑踏に塗れた薄汚れた街から抜け出し、
ようやく見慣れた街へ戻った。

件の女を連れて来る事は出来なかったが
(考えてもみろ、逆にそれでよかったとさえ思える。
アレは相当にヤバい女だった)
社長である鶴見は言及せず、宇佐美を労わり数日の休みを与えた。

休みを貰ったとしても実際にやる事はそうないのだが、
この数か月開けていた自室は気になる。
ありがとうございます、そう深々と頭を下げて自宅へと向かった。

この街は尾形達のいるあの場所と違い、
掃き溜めのように薄汚れてはいない。

一つ次の駅には各国の大使館が建ち並び、
日の高い時間帯には駅周辺の商業施設には人々が溢れている。
その商業施設の上階はオフィスになっており、
世界有数の一流企業が名を連ねていた。

鶴見の一族はここ一体の大地主であり、
不動産業からコンサル、プロダクション等手広く手掛ける実業家だ。
そんな彼の裏の面を支えていると自負している。

政財界にも顔が広い彼は所謂表向きの仕事をしているわけで、
その影を色濃く支える人間は腐る程存在する。
鶴見の影は黒い。
果てしなく深く何もかもを飲み込む。
この街の夜を支配する鶴見の姿を、皆知ってはいるが目にした事はない。

この街は夜になるとまるきりその顔を変える。
外国人の多いこの街には様々な言葉が飛び交う。
所謂不良外国人たちのたまり場も数多存在し、
ワンナイトを求める母国から出張で訪れた外国人と、
それらを狙う日本人の若い女が渦巻くわけだ。

鶴見からの命で数か月、尾形達の元へ潜入したが、
あの街の乱雑さにはほとほと飽き飽きだ。
やはり自分にはこの街の洗練された泥濘が似合う―――――

「あれ、宇佐美じゃん」
「」
「あんた死んだんじゃなかったの」
「お前は病気になったんだっけ？」

そう言えば嫌そうに顔をしかめる。

「時間あるの？」
「ないけど」
「あたし、暫くいるからさ」
「聞いてねぇ～」
「暇なら顔出してよ」

は外資系の某企業に勤める女で、宇佐美の元同僚だ。
鶴見に出会う前、宇佐美もこの界隈に聳え立つ有名企業で働いていた。

昔から要領がよかった。
都内有数の私立大学に難なく合格し、
大学時代は好きに遊び、そのまま有名企業の内定を得た。
やりたい事は特になかったが、大方の事は出来るという自信があった。

同期は宇佐美と同じように自身に満ち溢れた若者たちで、
奇妙なけん制を行いながら一年目は恙なく終了。
上過ぎず下過ぎず、丁度真ん中あたりの最も過ごしやすい評価を得た。

二年目に入ると皆、肩の力が抜け始め、其々の癖も目立ち始める。
同期の内数人は女に溺れ(同世代に比べ実入りがよかったのだ、
その分激務でもあるのだが皆、若い分体力だけはある)
数人はドラッグに溺れた。

そんな彼らを横目に、学生時代から続く夜遊びに
興じていた自身もどうにかしている。
遊びの範疇はわきまえていると思っていたからだ。

この界隈のクラブは学生の頃から度々、顔を出していた。
芸能人やセレブ達が集うクラブにはよくない薬が蔓延しているし、
若さと美しさを売りに出来る女達がいる。
この街の女達は総じて美しく心が歪んでいた。

そんなクラブで誰よりも激しく輝いていたのがだ。
職場では決して見る事の出来ないような煌びやかな派手ないでだちで踊り狂う。
余りに違い過ぎて、最初は他人の空似だろうと思っていたくらいだ。

すぐにそれがだという事を知ったが、
別に声をかけるわけでもない。

VIPルームに足繁く消えていく女でもあり、
所謂そういう女だろうと思っていた。

「…今から来れば」
「！」
「俺、今ならヒマだけど」

は優秀な女だった。
あんなに踊り乱れ狂っている癖に、仕事は酷く出来、
とんとん拍子に出世コースに乗った。

身体を使っているのだろうと陰口を叩かれていたが、
ああいう女だ。気にするわけがない。
そんな陰口は一切意味をなさなかった。

ある日、クラブでは宇佐美に声をかけた。
宇佐美じゃん。
宇佐美も気づかなかった振りをした。
お前、何してんの。こんなとこで。

の瞳孔は開き切り、二つの眼はギラギラと輝いていた。
随分キマってるじゃん。
そう言えば何が可笑しいのか笑う。

の背後を見やれば、
つい先刻まで彼女と話し込んでいた白人連中がこちらを睨んでいた。

『あれ、連れじゃないの』
『違う違う』
『めっちゃ睨んできてるけど』
『じゃあ、行こう』

は宇佐美の手を取り、クラブのトイレへ向かった。
当然そのつもりでの行動だ。

俺、同僚とヤるつもりないんだけど。
宇佐美がそう言えば、じきにいなくなるからいいじゃないと囁く。
の言葉はすぐに事実となった。

彼女は本社のあるアメリカの某州へ移動する事になり、
宇佐美の前から姿を消したのだ。
所謂、昇進というやつだ。

が消えた後、
彼女の噂はあちらこちらから聞こえて来るようになった。

その真意も分からぬまま、宇佐美は宇佐美で、
鶴見と運命の出会いを果たし、呆気なく職を辞する。
辞める事に一切の躊躇はなかった。

周りの皆は必死に止めていたが、
鶴見との出会い以上に心揺さぶるものはなかったからだ。

取引先に連れて行かれた料亭で初めて顔を合わせた鶴見は、
宇佐美を気に入ったと告げ、私の元へ来ないかと打診した。
この顔合わせは最初から仕組まれていたもので、
こちらの情報は全て手にしているのだろうと思えた。

初めてだ。産まれて初めての衝撃。
これは楽しいかも知れない。
そう思った。

「…あんたの部屋って事？」
「そう」
「いいけど」

どうして。

「…もう同僚じゃねーし」
「！」
「嫌なら別にいいけど」

まさかあんた、この為に仕事を辞めたの、
なんて笑うは相変わらず軽薄で、
あの頃とまるで変わっちゃいないと思う。

お前こそ俺に会いたくて戻って来たんじゃねーの。
顔も見ずにそう言えば、
そういう所が嫌いじゃないのよねと、彼女は悪戯に笑った。

大変お待たせいたしました！
金カム、宇佐美で頂いたリクエスト分です
…結果、スカウト尾形の宇佐美になりましたが
宜しかったでしょうか。。。
鶴見社長との繋がりというか、
割と順風満帆な宇佐美青年の過去と今、みたいな
話になったかなと思います(何それ)
リクエスト有難うございました！

2019/5/05

NEO HIMEISM