痛むほどの優しさを

ギアッチョがその女に出会ったのは、
霧雨の降り頻るとある日曜日の事だった。

昼の１時間しか開いていない裏路地にあるパン屋へ向かうも、
その途中で見知らぬ男にぶつかり、
しかも運の悪い事にそのぶつかって来た男が
やたらいきり立った状態だったもので、
ギアッチョの琴線に触れた。

スタンドなんて使う必要もなく、
只ひたすら拳でボコボコだ。

挙句、そんな事をしていたものだから、
当然パン屋は閉まっており、
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事だぜという有様となった。

アジトに戻り一人憤り落ち込むギアッチョを持て余したメローネが、
明日又、行けばいい、だなんて言葉をかけ宥めすかし、
どうにか迎えた翌日。

相変わらず雨は降り続き、ひんやりと冷えた外気が心地よかった。
昨日と同じ道を行く。

女がいた。
こんな路地裏に一人佇むだなんて商売女かよと思ったが、
それにしては見栄えがする。美しい女だ。
そんな女がこちらを見ているわけで、
それはそれで酷く居心地が悪い。

だけれど目的の店はその先にあるわけで、
視線に気づかないようにすり抜けようとした瞬間だ。

昨日はありがとうございました。
女が口を開いた。
思わず立ち止まる。

「…何だよ」
「昨日、ここで貴方に助けて頂いたの」
「？」
「これ」
「！」

見覚えのあるボタンを渡され、それが自身のものだと知る。
気づかなかったがボタンが千切れていたらしい。

「お時間、頂けるかしら」
「は？」
「それ」

女の手がギアッチョの右手を取り、目的地だったパン屋へと誘う。
何故だか不思議と振り払う気にもなれず、引かれるまま向かった。

パン屋に入れば、一人で切り盛りしているばあさんが一瞥をくれる。
これまでギアッチョが幾度買い物をしようと、
あいよ、以外の言葉を発した事がなかった癖に、
おや、どうしたんだい、だなんて笑顔で声をかけやがる。

このババア、こいつは一体どういう了見だと思うも言わない。
何故だか俺はまるで言葉を発していない。

店の奥の方に二席ばかり設けられたイートインスペースに座り、
彼女―――――というらしいのだが、彼女が繕うのを待つ。

あれだけ心待ちにしていたパンの味は更々分からず、
手ぶらで帰ったギアッチョに皆、
お前今日も買えなかったのかよと呆れてみせた。

それから連日だ。
何故だか決まった時間に出かけるギアッチョが
怪しまれるまでそうかからなかったわけだ。

あれは女が出来たに違いないと言い出したのはホルマジオで、
いやでもギアッチョに女だと？どんな女だよそれは…、と
イルーゾォとプロシュートが考え込む。

ＯＫ、分かった。俺があとを付ける、
女の事なら任せろと言い出したメローネが
先陣を切って追跡する事となった。

ちょっと出てくるわ、と言い
ギアッチョがアジトを出てすぐにメローネも続く。
最近はパンを持ち帰るもので、
行先は恐らく例のパン屋なのだろうと思っていたが案の定だ。

ギアッチョは吸い込まれるようにパン屋へ消えた。
屋根に上り聞き耳を立てていれば、
店のばあさんといつも通りのやり取りをしていた。

あんた又来たのかい、このどこの馬の骨ともわからん男が。
うるせぇぞ、ババア。あの子に近づくんじゃないよ。
黙ってろ殺すぞ。

どこからどう見ても通常営業のギアッチョだ。
このばあさんとハートフルな会話をする為に
連日来ているわけじゃあねェだろうと息を潜めていれば、
少し遅れて一人の女が来た。美しい女だ。

成程、あれか。
すぐに納得した。
すぐに納得したし、この件で
死ぬほどからかってやろうと決意を新たに、すぐさまアジトへ戻った。

だからその日、夕方くらいに戻って来たギアッチョを待ち構えていたのは、
の大きく引き伸ばされた写真だったし、
インタビュアー風に話しかけて来るホルマジオとイルーゾォであり、
すぐに察したギアッチョはマジでウゼェんだよォ、
と呟きながら溜息を吐いた。
こいつらつけてやがったのか、クソが。

「何お前、こういうのがタイプなの」
「美人だな、お前、面食いだったのかよ」
「どこの女だコレ」
「お前ら………」

ギアッチョが爆発する直前だ。
リゾットが戻って来た。

今まさに掴みかからんとしているギアッチョに
何をやってるんだお前、そう声をかける。
そうしてついと写真に視線を向けた。

「…この女」
「ギアッチョのコレです！」
「何？」
「そういうんじゃねー！」
「…」

バカな事を言ってるんじゃあねえと呟いたリゾットは、
仕事の話をするぞと皆を招集した。

仕事の話の延長で何かを喰いに行こうという話になり、
皆でゾロゾロと街へ出た。

ホルマジオとイルーゾォはずっとギアッチョをからかっているし
(こいつらはどうしてこんなにガキなんだ)
少しも黙ってられない。

好きな女だとか何だとか、
そういう浮ついた話題が出て来るのかと、それはそれで笑えたが。

「おい」
「どうした、プロシュート」
「…さっき、何か言いかけただろ」
「何…？」
「あの、女―――――」

無意識に視線がそれを捕らえていた。
狭い車道を挟んだ向かい側だ。
あの写真の女がいた。

一瞬、見間違いかと思ったが確かにそうだ。
写真よりも実物の方がよりいい、だなんて、
そんなのは一切どうでもいい事で、それよりもその横、隣。

隣にいる男―――――

「ギアッチョさん！」
「！？」
「おい、あれ」
「マジかよ」

ギョッとしたギアッチョに駆け寄る女は、
その空気に一切気づいていない。
驚くギアッチョが自身と交互に見ている男に向かい手を拱く。

うるせぇな。
太々しく不遜な態度で道を渡って来たのはアバッキオだ。

ホルマジオとイルーゾォはさり気に距離を離し、
少し離れた場所からその三人を見守るに至った。

そうだ。この顔。
互いに、知っている。

「この方が助けてくださったの」
「悪ぃな」
「…いや」

脳の処理が追いつかず、
固まったギアッチョを横に全てを察したプロシュートが口を開いた。

「…あんたの女か？」
「あ？いや…」
「いい女だな」

一人、状況がまったく察せていないは
きょとんとした顔をしたまま、
又あのパン屋で、だなんて空気の読めない発言をするのだし、
未だにギアッチョは固まっている。
そりゃそうだ。よりにもよってアバッキオだ。
挙句俺の女じゃないときたもんだ。

何がどうなっているのか、まったく理解が出来ねェが、
とりあえず失恋したような、何かを失ったような、奇妙な感覚だぜ、
そんな事を思っていれば、
あれはブチャラティが新しく管理下に置いた娼館の女だ。
リゾットの言葉が実際、更に追い打ちだ。

いいから上手いメシでも喰おうぜ、と
急に手の平を返したように気を遣い始めた
ホルマジオとイルーゾォが肩を組んでくるが一切頭は働かず、
呆けたようなギアッチョを引き摺って店へと向かった。

前回のアバッキオ夢の続き、というか同じ主です
恋するギアッチョが書きたくて、、、
あと、私は基本的にオールが好きなので
人を一杯だしてみました
因みにこの後、暗殺チームが
ブチャラティ達と遭遇し、
自分とこの女に手ェつけてんじゃねえよ、
みたいな事をホルマジオ辺りが言い、
え？何の話？みたいな感じになったりするとかしないとか

2019/05/20