今宵、忘れえぬ痛みを

この色町に身を落とし早十年だ。
食い扶持を減らすために売られた。
貧しい両親にはまとまった金が入った事だろう。
物心ついてすぐに売りに出されて以来、顔を合わせた事はない。

幼い頃から美しかったはとんとん拍子に出世し、
水揚げ後、数か月で太夫と名がついた。
太夫ともなればこちらが客を選ぶ事も容易い。
産まれを恨んだ事しかなかったが、比較的自由を手に入れる事が出来た。

しかしそれもこの赤い格子の中でだけだ。腹が立つ。
太夫を指名するには莫大な資金が必要となる為、客の数も落ち着いた。

時折顔を見せるのは太客と呼ばれる著名な武家や大店の主人で、
彼らはこぞっての身受けを口にするも
彼女は決して首を縦に振らず、
心に決めた男でいるのではないか、そんな噂が立つ。

それでも太夫は沈黙を貫いた―――――

「…やぁ、」
「…もう来ないでと伝えたわ」
「そうだったかな」

嘘だ。
来ると知っていた。
何故か、それは分からない。
月が翳るだとか、肌がざわつくだとか、その程度だ。
いつしかその気配に気づき始めた。

初めてこの男が訪れたのは半年程前の事で、
身なりから見るに相当に財の有る男に見えた。
やり手婆の話によれば、とある豪商の若旦那だという事だった。

第一印象は色男。
こちらにまるで興味のなさそうな眼差しが印象に残っている。

一通りの流れを踏襲し迎えた夜半過ぎに
男はふと起き上がり褥から這いだした。
時間にして一時間弱くらいか。

男は何食わぬ顔をし戻って来た。
酷く濃い血の匂いを振りまきながらだ。
寝た振りをしていたに向かい、男は一人話しかける。

美しいお嬢さん、よもや起きてはいまい。
起きていれば私はお前を喰わねばならなくなるからね。
だけれどまさか起きてはいまい。
なあ、。いい子は眠る時間だ。

どうにか起きている事に気づかれないよう息を潜め朝を待った。
気配で男はこちらを覗き込んでいるのだろう事は分かっていた。

朝を迎えた頃には男はおらず、
どうやらほんの僅かな時間、眠っていたらしい。
室内には何ともいえない生臭さが漂っており、
男共が散々と吐き出す精子の匂いではないと思えた。

つい先日売られてきた禿の姿が見えなくなったのもその日だ。
布団の中に姿はなく、こつ然と消えた。
男が来る度に1人、2人と子が消える。

「お前を身請けしたいという男が、私を訪ねて来たよ」
「…」
「おかしな話だろう」

身の程を知らぬ男だ。
お前もそう思うだろう、。

男の指先は赤く染まり尖っている。
店の者もこの時間帯には近づかないはずなのに、
どうしてこの男はここへ来た。
こんなにも濃い血の匂いをばら撒きながら。

男の手に握られているのはつい先日、
を訪ねて来たとある両替商だ。
顔を合わせる度に愛の言葉を囁く男は生首となりそこにあった。

「怖がらせてしまったかな」
「…」
「ほう。知っていた、という顔だな」
「貴方、お名前は」
「…無惨」
「無惨、貴方は」

何故わたしを殺さないのかと呟いたに、
お前は既に死んでいるようなものだろうと囁く。

何をせずともこの吉原から出る事は出来ないし、
この様子では他に幾つか上がっている身請け話も無理だ。

だからといってこの男の身請けを受けるのか。
人でないこの男の。

「お前が望まないのであれば、構わないよ」
「…」
「別にお前が欲しいわけじゃあない」

だけれどお前がいると都合がいいのだと無惨は言う。
ここにお前がいるという事が都合がいいのだと。

男の生首から血がしたたり落ちた。
やはり無惨のいるこの部屋は血の匂いで息が出来なくなる。

返事はどうした、。
無惨の声が、聞こえた。

ついったで見かけた、
無惨の別宅はいくつあるのか？という疑問より
時代的に江戸時代初期くらいですね
無惨が人でないという事を知りながら
生かされている女の話です
そういえば私の中で無惨に中だしされると
即死するというイメージがありまして、
怖ェなと思いながら書きました
＊そんな設定はどこにもありません

2019/05/24