とりあえず俺を愛せよ









性懲りもなくまた来たのねと、はこちらを見ずに言う。
気配だけで察せるのだから大したタマだと毎度思うわけだ。
三年半前からこのという女は居場所を無くしたままで、
根無し草宜しくフラフラ暮らしている。



「能輪のじいさんの差し金なんでしょう?
 いい加減諦めろって言ってくれない?
 本当にしつこいったらないわ」
「こちらは三年半前から何一つ変わってないもんで」
「あんたんとこ、代替わりしたんでしょ?もういいじゃない」
「…」



持ち物の少ないこの女は安ホテルを転々としている。
所在がばれるのは望ましくないからだ。
賭朗にも、それ以外の組織にも。
今こうして門倉が訪れているのは能輪の力の賜物であり、
彼のネットワークはどこにいようともを捕らえる事が出来る。



「撻器さまが零號に」
「!」
「これまでのようには逃げられなくなりますよ」



が振り返る。
少しだけやつれただろうか。



「…じゃあ、どうしてあんたが来たの」
「何事にも段階がありますので」
「あんたがダメなら、って事?」
「ええ」



相変わらずふざけているわねとは言う。
よくもそんな言葉で片づけられるものだと思う。
この女を手に入れる為、彼は何をした?



「…まぁ、いいわ。この際、好都合かもね」
「…」
「さっさと殺しに来いって、伝えて頂戴」



三年半前、とある組織が賭朗に対し悪意ある接触を試みた。
能輪曰く、未だかつてないほどの騒動だったらしい。
最終的にはどうにか壊滅させる事が出来たが、
四分の一程度死者が出た。
命を散らす者どもの中に、この女はいた。



「結構」
「…それにしたって、あんたも変な男ね」
「?」
「あの時も今も、まるで第三者の振りしちゃって」



随分あたしに興味がある癖に。
彼女はそう、曖昧に言う。
とっくに気は知られているのだ。
その事も知っていた。



手足をもぎ取られるかのように一人、二人と仲間を殺され、
心身ともに追い詰められていくの姿を描く。
実際にあった出来事だ。記憶をなぞる。



あの女が気に入った。
そんな死刑宣告を受け、の人生は一変した事だろう。



「だったら相手してやろうか」



ゆっくり近づく女を見下ろし、
その視線が自分以外を見据えている事を知る。
やはりこの女は普通でなく、
どうしても彼が手に入れたい女なのだ。
の指が触れた。
身体ごともたれ、腕を絡ませる。



「ご冗談を」
「満更でもない癖に」
様」
「どうせ、そこにいるんでしょう?」



撻器。



名を呟くか否か。
微動だにしない門倉を挟み、
壁を突き破る零號の拳と飛び散る木くずが宙を舞った。



数秒前まで絡みついていた腕はとっくに消え、
窓枠に腰かけたは笑う。
これまでとは比べ物にならない激しさを備えた鬼ごっこの始まりだ。
ターゲットは。鬼は。



!」
「何よ」
「俺はお前が気に入ってる」
「いい迷惑だわ」
「俺の物になれ」
「嫌よ」



の身体が窓から落ち、消えゆく。
三年半前から続く鬼ごっこは形を変え、新しく口火を切った。
至極愉快だと言わんばかりに笑う撻器は窓から外を見下ろす。
あの時と同じだ。



一つだけ違うのは、この場面に撻器自身が存在出来る事。
自ら動く事が可能になった今、
これが最期の鬼ごっこになると皆考えている。
恐らくは、当のでさえも。
踵を返した撻器は颯爽と歩き出す。



「…いい女だったろう?」
「…」
「ぐはぁっ」



俺の物だからな、当然だ。
人目を憚らずそう言い退ける撻器はそのまま部屋を出、
恐らくは又彼女を追いかけるだろう。



一瞬だけでもこの部屋に漂った
甘ったるい湿度を思い返せばむず痒い。
半壊した部屋に背を向け、こちらも歩き出した。




相変わらず撻器さまを拗らせている私です

2015/11/11

NEO HIMEISM