最良の選択は出会わなければいいということ

• あの女の事を知ったのはまだ直人がアメリカへ行く前の事で、
  千葉県内に留まらず、都内はおろか北関東辺りにまで
  名の知れた有名人だったからだ。
  
  
  彼女は産まれた時から犯罪の中にいた。
  物心がついた頃には既に両親ともに不在。
  父親はとある事件のフィクサーとして名の知れた人物で、
  母親を連れ海外逃亡中だった。
  
  
  そんな彼女を育てたのは年の離れた兄達と
  父親の残した会社の社員たちであり
  (彼女の父親は複数のペーパーカンパニーを持っており、
  それらを駆使し逃亡先へ資金を送らせていた)
  一番上の兄は既に仕事を手伝っていたように思う。
  
  
  彼らは単純な非行に走るだけでなく、
  所謂半グレのような暮らしをしていた。
  その彼らが兎角、有名だったのだ。
  
  
  彼らは彼らしか信用せず、年の離れた妹―――――
  を事の他可愛がった。
  
  
  
  「お」
  「あれ、じゃね」
  「マジか」
  
  
  
  そんな彼女は中学の段階で相当な有名人となっていた。
  その年齢にはまるでそぐわない荒み方とあか抜け方でだ。
  
  
  直人と知り合ったのも丁度その頃で、
  他人に一切の興味を示さない彼が珍しく名前を覚えた女だった。
  
  
  幾度か個人的に会っていたと記憶している。
  もう、それだけでこちらとしては絶対に近づきたくない女だった。
  
  
  そんな彼女も無事に中学を卒業し、
  高校は都内の私立に進んだと聞いていたのだが、
  こんな所で何をしているのだろうか。
  
  
  ここは松戸市にあるライブハウスだ。
  最近人気が出て来たとあるインディーズバンドが
  ワンマンライブを演るという事で、わざわざ成田から出向いたのだ。
  
  
  の存在は当然ながら死ぬほど浮いており
  (この狭いライブハウス内で遠巻きに見るだなんて
  不自然な状況がよくも生まれたものだ)
  だからといって彼女が気にする道理もない。
  
  
  あれはずっとああで、これからも変わらない。
  入口で受け取ったやたらと濃いラムコークを飲みながら
  を眺めていれば、一人の男が近づいた。
  
  
  水色の髪をした長身の、あれは確か―――――
  
  
  
  「あんた、こういう所に来るんだな」
  「久しぶりね、カオル」
  「いつもながら超、浮いてんじゃん」
  
  
  
  カオルがそう言えば笑う。
  相変わらず遠慮なしの態度だ。
  こういう男は珍しい。
  大体は酷く卑屈に遜るか、あえて高圧的に挑んでくるかだ。
  
  
  兄達の姿が脳裏を過れば終わりだ。
  この人生は酷くややこしい。
  
  
  今日だってそうだ。
  兄達の監視下から逃げ出しここへ来た。
  余り長く持たないだろう。
  
  
  都内の高校へ通いながら所謂JKビジネスの元受をやっていた事がバレたのだ。
  彼らは自分達のやっている事を棚に上げ激怒した。
  千葉に連れ帰るだなんて言い出したのだ。
  
  
  都内での気ままな暮らしを楽しんでいるにとっては
  青天の霹靂であり、ほぼ軟禁状態の自宅からどうにか逃げ出しここへ来た。
  だけれどこの有様だ。
  噂が広がるのは早い。
  
  
  松戸に降り立った段階で既に話は回っていたらしい。
  駅を出たらすぐに単車に跨った松岡が近づいて来た。
  特徴的なマフラー音ですぐに気づいた。
  
  
  お前、捜されてンぞ。兄貴に。
  何した。
  
  
  久々に顔を合わせた松岡は酷く穏やかな眼差しをしていて、
  何かあったのだろうかと思うも言わない。
  
  
  何したって、何も。
  そう言いながらJKビジネスの話をサラリとする。
  そりゃオメーが悪い、捕まってろ。
  松岡はそう笑ったが、兄達に連絡はしないでくれた。
  
  
  残された僅かな自由をこの松戸で楽しめという事なのだろう。
  その時にライブのチケットを渡された。
  
  
  
  「あいつ、知り合い？」
  「…京也」
  「ずっと見てんじゃん、あんたの事」
  「話しかけて来ないなら、いいのよ」
  
  
  
  直人の弟だとすぐに気づいた。
  これまで余り話をした事はない。
  彼は直人を恐れていたし、こちらの事も恐れていた。
  
  
  直人は兄達と交流があったし、完全に壊れていた。
  そういう意味では兄達と気が合ったのだろう。
  こちらに気があったのかと言われればそんな事はなかったはずだ。
  
  
  単に気まぐれなのか、その場のリビドー的なノリだったのか、
  そんな上手く説明出来ないものにより幾度かじゃれ合った事はある。
  兄達に隠れて、という所が気に入った。
  
  
  こんな世界にはうんざりで、だからといってどこへ行くべきかも分からない。
  一度だけ直人に言った事がある。
  
  
  二人でどこかへ行こう。
  どこに。
  直人はそう笑い、だったら一緒にアメリカにでも行くかと続けた。
  
  
  直人はアメリカへ発ったと知ったのはその三日後の事で、
  彼は何も言わず消えた。そう。消えたのだ。
  兄達曰く、とある事件のほとぼりが醒めるまで留学するという話だった。
  
  
  別に直人の事が好きだったわけでも、どうだったわけでもない。
  互いにきっとそうで、恋だとか愛だとか、そういうものはよく分からない。
  
  
  だけれど何故だが一人取り残されたような気持になって、
  それからはもう全てが砂のような感触だ。
  
  
  自暴自棄だなんて、そんな詰まらない状態なんかじゃない。
  そんな事は、認めない。絶対に。
  
  
  
  「そろそろ始まンよ」
  「ここにいるわ」
  「あっそ」
  
  
  
  終わったらメシでも行こうぜと笑ったカオルは
  ライブハウスの前方へ向かう。
  全身が痺れるような爆音に包まれながら目を閉じる。
  
  
  京也は近づいて来ない。
  あの頃も、これからも、きっと一生。
  
  
  肩に手が触れ、これでタイムリミットだと目を開けた。
  京也が振り返った頃にはの姿はどこにもない。
  
  
  だけどそれもいつもの事で、
  心にさえ残らず過ぎてゆくだけなのだ。
  
  
  
  
  
  
  
  

  というかカメレオンのオール風夢です

  色々人を出したかったのです

  誰とも特に関係のない主人公。。。

  本当はもっと出したいんだよ～～！

  これまで書いたのは直人とカオルと松岡だけで

  本当はもっとこう。。。関西組とか

  出したいんだけど誰得～～～！？

  
  

  
  

  2019/07/29