ただ生きたくて








ベル音が鳴り響くのはよくない事だ。
このベルは重大な要件を秘めている。
知っている。
パーティ会場にしか呼ばれない女。
美しく着飾って明るく振る舞う。
最初は艶やかに、時間が経つほど淫らに。
物心ついた頃からそういう生き方をしていたから、
何が間違っているのか分からないのだ。



とりあえずこのだだっ広い部屋に一人で住んで、
ベルが鳴るのを待っている。
必要最低限の家具は備わっているし、
お金を払わなくても公共料金は止まらない。
誰かが支払っているのだ。でも知らない。
誰が何のために。分からない。
無制限のクレジットカードも手元にある。
明細は一度として届かない。



そんな暮らしを続けている。
よくないとは分かっている。
常識がない。
この生活には普通が存在しない。



だけど、この部屋から一歩外に出るとそんな不安は全てなくなる。
パーティーへ向かうと浴びるほど酒を飲み、尚更不安はなくなる。
そうして気づくと全てが終わって、又同じ部屋で同じ時間を過ごす。
次に電話がかかってくるまで。



「…久しぶり」
「電話は鳴ってないけど」
「…近くまで来たんだ」



寒いから早く入れてくれないかと男は言う。



「前回の電話から、もうずっと鳴ってないのよ」
「知ってる」
「もう私は用無しになったのかしら」
「まぁ色々、体制が変わってね…取りあえず入れてくれないか」



鍵の解除される音が響いた。
紺色のドアが開く。



「…久しぶり、
「匠」
「君、随分痩せたね?」
「そうかしら」
「それに部屋も酷い状態だ」
「ずっとここにいるから」
「連絡を取れなかった事に関してはすまないと思っている」
「別に、どうでもいいけど」



密葬課が現役で動いていた頃の話だ。
まだ賭朗に吸収される前の話。
密葬課は秘密裏にこのを飼っていた。
電話一本で動くラジカルな狂気。



面白い奴がいますよと初めにこのを見つけたのは箕輪であり、
この華奢な彼女は初対面の箕輪と対等にやり合ったらしい。
その時は偶々ターゲットが同じであり、その取り合いだという話だった。



女―――――
の素性をすぐさまに洗った密葬課は
彼女の雇い主と話し合いを行い、比較的温厚に彼女を手に入れた。



「実は、組織が解体されてね」
「へェ」
「新しい組織に吸収されたんだ」



は話を聞いているのかいないのか、
こちらを見ずに窓の外を眺めている。



「それで、何の用なの」
「君をこの部屋から出してあげようと思って」
「…えっ?」
「君はずっとここにいるから」
「そんな事、急に言われても困るわ」
「…だろうね」



繰り返されたルーティーンを今更変えろと言われても到底無理だ。
ベルが鳴る。めかし込む。誰かが迎えに来る。車に乗る。
パーティーへ着く。アルコールに浸る。浸る。浸る。




「いつから?」
「分からない。ずっと昔からかも」
「記憶もないか」
「まったく覚えてないわ」



恐らく。恐らくだ。
恐らくは望まずこんな生き方を強いられたのだ。
だから酒を飲み酩酊状態で人を殺す。
酔いが醒めれば何も覚えておらず、知らない日が訪れるだけ。
最初の頃は違ったはずだ。



「箕輪はどうしたの」
「…彼は死んだよ」
「!」



が初めてこちらを見た。



「ようやく俺を見たね」
「それ、喪服?」
「いや、そういうわけではないんだ」



一人考え込む真鍋を見ながら、辛うじて保っていた思い出を取り出す。
飲んでも飲んでも酔えず、反射的に命を奪う。
意識と身体が連結せず望んでもいない行為を繰り返す。
幾ら煌びやかに着飾っても同じだ。
気分は晴れない。忘れない。
嫌だ。こんな事はやりたくない。



俺は仕事でね。
箕輪はそう言った。
いいも悪いもないね。



この部屋に迎えに来る頻度も多かったと記憶している。
あの男は特に悪意もなく、言う所の仕事として命を奪っていた。
他意はないと。
だから初見以降は迎えに来る度によく話をした。



お嬢ちゃん。
箕輪はをそう呼び、名は呼ばなかった。
覚える必要性はなかったのだろう。



「あんたはどうして名前を呼ぶの」
「…?」
「あたしの事、名前で呼ぶから」
「名前で呼ばなきゃ失礼だろう」



それよりもどうしたら俺の依頼を受けるんだと言う真鍋に、
何の条件もなしに了承を告げた。
彼はまるで意味が分からないという表情のまま
分かったと告げたが納得はしていないだろう。



新しい一日を辛うじてどうにかやり過ごしてきた。
こんな部屋でたった一人で。
こんな事をしていてはならない、これでは駄目だと分かっていて、
ずっとこのままでだけどどうにか抜け出したくて足掻いて。



とりあえずの第一歩として、
この部屋を抜け出せれば何か変わるだろうか。
名を呼ぶ男はこちらの思惑一つ知らないまま、
こちらに手を差し伸べる。





愛とか恋とかじゃない長話
閉じ込めてんの可哀想だけどなーとか思ってた長と
どうにか現状打破したい主人公
箕輪って適当な会話しそう

2015/11/14

NEO HIMEISM