英雄の孵化する場所
が半年振りに戻ったという噂は
三日前くらいからふわふわと浮かんでは消えていたのだ。
あれはじっとしていられない、
まるで根付かず、浮き草のように右へ左へとふらつき、
いつの間にか姿を晦ます。
その性質を十二分に生かし、鬼殺隊内でも密偵の職に携わっている女だ。
その噂を耳にしてからというもの、
決して遭遇しないようにと最新の注意を払っていた。
戻ったといえども、それも僅かな間の話だ。
あれは留まらない。
さり気にやり過ごそうとしていればだ。
「あ、冨岡」
「…」
何故だか目前からが歩いて来た。最悪だ。
踵を返し気づかない振りを決め込もうとしても、
やたら素早い彼女はピタリと横につきこちらを覗き込みながら話しかけて来る。
「シカトするのやめてくれる」
「…」
「ねえ、ちょっと」
の手がこちらの肩を掴み無理矢理に歩みを止めさせる。
この女は昔からずっとこうで、だから好まない。
距離感などお構いなしに心の中の方にずけずけと入り込む。
あの時も、そうだった。
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あんた、死ぬ気なの。
咄嗟にこちらを庇い飛び込んで来た彼女は眼前でそう言い、
何も答えない冨岡の頬を叩いた。
死ぬ気などないが、生きる気もない。
そんな己の姿勢にイラつく隊員がいる事も知っている。
この、熱の塊のような女が好きでなかった。
の周りには幾人もの仲間が常にいて、彼女はその中心で燦燦と輝く。
どんなに癖の強い柱もに対しては柔らかな態度に変わる。
そんな彼女はいついかなる時も正しく明るく前向きで、誰かを彷彿させるのだ。
だから見る事さえ敵わず、出来る限り避けていた。
そんな彼女と二人で任務に就けと仰ったお館様の心中は未だ分からない。
「…あんた、全然生きてる感じがしない」
「何だ、それ」
「まだ、最終選別の時の方が生きてる感じしてたわ」
「…はっ!?」
「あたしもいたのよ」
あの錆色の髪の―――――
が続けようとした瞬間、
自分でも分からない道理に振り回され彼女に掴みかかっていた。
何をしやがると言わんばかりの表情を浮かべたは、
そんな冨岡をサラリと交わし、怪訝そうな視線を向ける。
「…あの鬼を片付けたら、相手したげる」
「…」
その言葉通り、目的の鬼を瞬殺した二人は、
それから半日程度に渡る長い長い手合わせを繰り広げ
(勿論、互いの鎹烏には黙秘を貫かせた)
それは互いの体力が失せるまで続けられた。
戦いの最中に知り得た冨岡の心中は察するに余りあり、
確かに今更誰かがどうこう出来るような問題ではないと思えた。
悲しみが深すぎる。
互いに体力の限界を迎え、
こんな様では鬼に襲われでもすれば一たまりもないと、
どうにか藤の花の咲き乱れる一角まで身体を引き摺り、
互いに倒れ伏した。
鬼どもの視線には気づいていた。
「…ちょっと、やりすぎたわ」
「…そうだな」
「もう動けない」
「…俺もだ」
そんな他愛もない会話を続けていれば、急にが笑いだす。
何事かと思えば、如何わしい会話してるわよね、
だなんて相変わらずこの女は呆れた阿呆だ。
「…立ち直れる明日なんて、他の誰かのものだ」
「…」
「そんな明日が来ない奴もいる」
来るに値しない人間も存在するのだと、
冨岡は恐らく自身の事をそう位置づけているのだ。
軋む身体をどうにか起こし、ゆっくりと近づく。
冨岡は視線だけをこちらに向け、だけれど何も言わない。
の手が冨岡に触れた。
辿り着いた安堵でもうその身は動かない。
頭ごと男の胸に倒れ込む。
「…近寄るなよ」
「もう無理、動けない」
「二度と御免だ、俺は」
「でも無理よ」
心をこれ以上傷つけるのは無理なのだと、
恐らく冨岡はそう言っているのだろう。
だけれど身体はこれ以上動かないのだし、
冨岡も動くつもりはなさそうだ。
男の鼓動は少しだけ早く、それが心地よい。
そのままゆっくりと眠気に飲み込まれる。
きっと、冨岡も、同じだったはずだ。
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こちらを覗き込むは、酷く怪訝そうな表情を浮かべていた。
俺の顔に何かついているのか、そんな事を思っていればだ。
「久々に見たけど、何かあったの」
「…別に」
「何か…吹っ切れた?」
「…」
「何よ!?何があったの!?」
お前がいない間に色々あったんだよと言いたいが言わない。
面倒だからだ。
私と冨岡の間柄じゃない、だとか何だとか、
相変わらずこの女は誤解を生む物言いをするもので、
どんな間柄だよ、だとかお前ら何かあったのかよ、だとかだ。
ほら、やはりこの女の周りには人々が溢れ、いつだって彼女は光の中心だ。
近づくとロクな事がない。
リクエスト分、鬼滅より冨岡です
キメ学じゃない冨岡は初書きかな
人気者主と俺は嫌われてない冨岡
2020/1/05