落胆する左胸








先程から無言の応酬を続けている。
この車内は目に見えない重圧に埋め尽くされているのだ。
ハンドルを握るのは珍しくも長である真鍋であり、
道交法を知っているはずの彼は
アクセルを完全に踏み込んだままどこかへ車を走らせている。



これは恐らくよくない展開なのだと頭では理解出来ているのだが、
如何せん上司の指示を無視するわけにもいかず、
渋々助手席に乗り込んだのだ。



元々口数の多くないこの男は一言も喋らない。
この展開を招いた原因が何となく察せる為、も口を開かない。
ややこしい話だと思った。



「…どうしてお前は俺の言う事を聞かないんだ」
「…」
「誰が奴と寝ろって言った?」
「目的が同じであれば、手段は厭わないのかと思いまして」
「何度目かな」



お前のその言い訳は。
真鍋はそう言いハンドルを滑らせる。
こういう真似をする男だとは思っていなかった為、
多少なりともテンションが上がる。
感情ではなく性癖の問題だ。



「何か問題でもあるんですか」
「あぁ」



そもそも、何故この話が真鍋の耳に入ったのかが問題だ。
ターゲットと寝るのは手段ではなく趣味に近い。
気に入ればその確率は上がる。
どの男と寝ようが最終的に帳尻は合わせるのだし、
特に問題はないだろうと踏んでいたし今でも思っている。
今、問題なのは隣でハンドルを握っている男一人だけだ。



「課長、あたしとヤりたいんです?」
「…」
「申し訳ないんですけど、あたし、職場ではちょっと」



これまで我慢というものをした試もないし、
気持ちを抑えた事もない。
取りあえず手を伸ばしそれに触れ、良いか悪いかを決めてきた。
この密葬課という如何わしい組織に取り込まれた時もその前もだ。
その前。



「…あぁ」



そう言えば昔、一回だけ。
今の今まで忘れていた記憶が蘇る。
以前の組織にいた頃、隣の男と一度だけ寝た。
それこそ手段と趣味の間でだ。
結局、この男とやり合う前に組織は解体され、
二度寝る前に男の部下となった。
こちらとしては消費の一つだったのだが。



「忘れてました」
「…だろうね」
「課長、覚えてたんです?」
「まぁね」
「…ちょっと気持ち悪いな」



左折した車はゆっくりとスピードを落とし、森の中へ入っていく。
古いトンネルの前で停まった。
可能性は複数。
このまま殺されるのか、それに近い思いをするのか、
まさかの仕事か、それとも―――――



「ちょっ」



車を止めた真鍋は当然なのか、
急に覆い被さりに口付けた。
半ば予想はしていたが、だからといって許せる範囲ではない為、
思わず顔を背ける、手首を掴む力はとても強く、
サシでやり合っても到底敵わないのだろうと思えた。



でも、やはりだからといって
されるがままになるのは性分に合わないわけで、
酷くがっつく腹の上の男に対し抵抗を試みる。
シートが倒され、完全にそういう形になった。



「これで少しは言う事を聞くようになればいいが」
「いい気にならないでもらえます?」
「この分じゃ望み薄だ」



そう言った真鍋が少しだけ微笑むものだから、
よくない虫が一斉にざわついた。
心のざわめきは肌に触れる真鍋にも知れたのだろうか。





何やってんだ

2015/11/23

NEO HIMEISM