取り返しのつかない


過ちの果てに








動悸が激しく、体内に鳴り響く鼓動が
ありとあらゆる穴から零れていきそうだ。
亡霊と呼んでも遜色のない男が目の前にいる。
何事もなかったかのように、
素知らぬ顔をして足を組みこちらを見ている。
というか、何故この男は今ここにいるのか。




随分昔の、それこそ若さが犯した
ありふれた過ちの一つではなかったのか。



そもそもこの十年余り、この男が
どこで何をしていたのかさえ知らないのだ。
無論、この男だって同じはずだ。
まったく違う場所でまるで交わらない人生を歩んでいたはずだ。
只の学生時代の淡い記憶として、思い出にさえ昇華せず。



「…まぁ、よくある話さ」
「何なの…?何か用なの?」
「お前に恨みがあるんだよ、俺は」
「…!!」
「お前だって、忘れちゃいないだろ」



あの頃に比べると当然更けた匠は、
それでも同じ眼差しでそう言う。
あの頃よりも圧倒的に感情を失くしたのだろうか。
元々感情豊かなタイプではなかった為、
感覚でしか感じる事が出来ない。



「何で、今更」
「俺はずっと見てたよ」
「はっ?」
「あれから今まで、俺はお前の事をずっと見てた」



目前の男が化け物になりえた瞬間だ。
家宅侵入どころの騒ぎではない。
落ち着いた口調で何なく、この男は何を口にしているのだろう。
気持ちが悪い。眩暈が、そして吐き気。
逃げ出したいが絶対的に安全な自室は
この男によりとっくに占拠されている。



「何なの」
「それだけの事をしたって事だ、お前が、俺に」
「違うでしょう」
「!」
「あんたが、異常なほどあたしに執着してたってだけよ」



だからあたしはあの時。
言いかけ飲み込む。
忘却の彼方へと追いやった記憶だ。
二度と思い出すまいと、思い出す事はないのだと。



あの頃、この男は確かにを愛していた。
もこの男―――――真鍋匠を愛していた。はずだ。
恙なく何の生産性もなく愛のようなものを育んでいたはずだ。
少なくとも最初の数か月はそうだった。



最初の転機はサークルの飲み会。
外堀を埋められている事に気づき、無我夢中で逃げ出した。
只、恐ろしくて。



「あれ以来、俺の心は死んだも同然なんだ」
「…」
「何も楽しくないし、何も嬉しくない。
 そんな人生は只々つまらなくて―――――」



だからお前を取り戻そうと足掻いていたんだと匠は言う。
あれがこれまでの人生で一番の失敗だったのだと、
それさえクリア出来れば全てが上手くいくのだと。



「どうして今更」
「今じゃなきゃダメだったんだ」
「まさか」
「お前の男はもう出てこれない」
「!!」
「明日の一面に載ってるぜ」



何をしたのと呟くが、真相など聞きたくないと知っている。
匠がゆっくりと立ち上がり近づく。
あの時のようにがむしゃらに逃げる気力は既にない。
背を向ける事さえ出来ず、数歩後ずさった。



「お前が許せないんだ、
「…」
「あたしも」



同じ気持ちよ。
あの時振り払った腕が身体に巻き付き、
口から放たれる言葉とまるで温度感の違う行動を求める。
きつく抱き締められたまま動く事さえ出来ないは、
見えない匠はどんな表情をしているのだろうと、
そんな事を考えていた。


これまでで一番気持ちの悪い長になってしまった
知恵と行動力のあるガチのストーカー、長
*頻繁に家宅侵入をします

2015/12/07

水珠