なくした現実感、生への焦り








日差しが兎角嫌いで、日がなカーテンを閉め切っていた。
頭痛が酷くなるからだ。
基本的に夜の間にしか動く事がない生活の為、
太陽を見る事は稀だ。
だから今、いつもの部屋にいない事に対して動揺を隠せないでいる。



目の前のドア一枚を隔て屋外だ。
隙間からは光が差し込んでいる。
目覚めてからずっとその光を見ているは、
後ろ手に縛られている事さえも意に介さず、
とりあえずここから動く事が出来ずにいた。



昨晩はいつも通り出迎えがあり、とあるパーティーに向かい、
浴びるほど酒を飲み、とりあえず仕事をしたはずだ。
記憶が定かでない為、曖昧な言い方になる。



それではここはどこなのか。
目覚めた時には後ろ手で縛られ、
この小部屋に転がっていたわけで、
とりあえずその縄は解いたものの、
次は差し込む日差しのせいで身動きが取れなくなった。



薄闇に慣れた目で己を観察したが、
昨晩と同じドレスを着ており、
おぼろげな記憶は間違っていなかったのだと確信した。
どうやらドレスの端々には血痕が付着しているらしい。
やはり昨晩、仕事はしたのだろうか。



太陽に焼かれても命まで持っていかれるわけではない為、
そのドアから逃げ出す事も出来るがやはり気が進まない。
完全に酒が残るこの身体はとても気怠く、
何はともあれもう一度眠ろうかと横になった時だ。
ドアが一瞬歪み、膨張した。
隙間が広がり日差しの侵入が増す。目が。



「いたいた」
「…!!」
「お嬢ちゃん」



余りの眩しさに目を開けられず、吐き気さえした。
上半身を起こし声の主をどうにか判別しようと試みる。
この声は。



「…箕輪?」
「あんた、こんな所で何やってんの」



かくれんぼかい。
強い光に照らされた男は、破壊されたドアのあった場所に立っていた。
いつも見る草臥れたスーツ、無精髭のチラつく顔。



「ちょっ…眩しい」
「おやおや…コイツが苦手かい」
「きもちわるい…」
「…やれやれ」



子守は範疇外なんだけどねェ。
覚えている光景はそこまでで、
箕輪が動くたびに増す光量に眩しさを堪えきれず意識が飛ぶ。
箕輪の声が名を呼んでいるような気がしたが、返事は出来なかった。










■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■










ロクでもない薬に溺れていたあの女は、
大体が笑っているか泣いているか怒鳴り散らしているか。
普通という概念は欠片も存在しない家庭で暮らしていた。



昼夜が完全に逆転してしまっているあの家には
自分と母親しか存在していなかった。
父親と呼ばれる存在は物心がついた頃には既に存在せず
(生活費を送って来る男はいたが)、
昼間には淋しいと泣き、夜中にはロクでもない薬で上機嫌の
母親の姿だけを見ていた。



何がそんなに淋しいのか、何がそんなに悲しいのかだ。
分からないがあの女はいつだって泣き喚き、
見知らぬ男を連れ込んでいた。
それが世界の全てで、の全てでもあった。



幸か不幸か見た目に恵まれていた母親は男が途切れず、
生きていくという意味合いの生活は送る事が出来た。
薬物使用の為、彼女の精神は徐々に侵され家の中は凄惨さを増していく。



彼女はを外に出す事を好まなかった。
ずっと部屋へ閉じ込め、時にその存在を忘れる。
当たり前の教育を受ける事も出来ず、只生きているだけの人生だ。
そんな生活が永遠に続くのだろうかと訝しんでいたところ、
急に人生は一変した。
母親が帰って来なくなったのだ。



その頃には既に外に出る事が億劫になっていたは、
だんだんとなくなる食料に危機感を覚えながらも動く事が出来ずにいた。
泣き叫ぶあの女の声が聞こえないからよく眠る事が出来る。
だけど、このまま死ぬのだろうか。
この部屋から出る事も出来ずに。










■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■










酷く悪い夢を見ていたようだが内容を覚えておらず、
只、不愉快な気持ちで目覚めた。
全身に水でも浴びたかのような汗をかいている。
リネンの香りが鼻につき、ここは自室ではないのだと気づいた。
あまり広くない部屋だ。
簡素な備品を見るに余り値の張らないホテルか。



記憶を手繰り寄せ考える。
仕事があったはずだ。
昨晩は仕事をしに行き、次にあの小屋。箕輪。
緩々と思い出す。
仕事は終えていないのではないか。
何故?



どうにか思い出そうと足掻くが、
スッポリと記憶が抜け落ちているようだ。



「…おやおや」
「箕輪」
「ようやくお目覚めかい」
「ここ、どこ」



血飛沫を浴びた箕輪が戻って来たのはそれから二時間後の事で、
彼はこちらの質問には碌々答えず、
備え付けのタオルでそれらを拭いていた。



「おじさんはねェ、あんたのお守じゃないんだけどねェ」
「何よそれ…」
「あんた、一服盛られたんだねェ」
「!」
「若い娘がこんな真似してるから、自業自得だねェ」



いつもの口調で小言を呟く箕輪を見つめていれば、
血に塗れた携帯とクラッチバックを投げられた。



「あ、ありがとうございます…」
「報告」
「えっ」
「ちゃんと報告しときなさいよ」



おじさんは疲れたから寝ると言い、箕輪はソファーに寝転んだ。
報告する相手とは恐らく真鍋だ。
これまでしくじった事がなかった為、
そういう仕組みになっていたとは知らなかった。
まあ、しくじれば即、死に繋がるのだろうし、
通常はあり得ない展開だろう。



「あんたは大事にされてるねェ」
「!」
「お嬢ちゃん」



喜ばないのかいと箕輪は笑う。
何と答えていいのか分からないはベッドに座ったまま動けず、
急に鳴りだした着信に反応出来ずにいた。





【ただ生きたくて】の続き、というか過去話です
何というか箕輪と会話させたかっただけです
過保護な長が指示を出す為、嫌々助けに行った箕輪です


2015/12/09

NEO HIMEISM