冷ややかで確かな死の感触










「「あ」」



視線がかち合った瞬間、思わず声が漏れた。
これまでとは違う展開だ。
これまではこうしてすれ違いざまに視線だけ交わし、
何食わぬ顔をして過ぎ去る。
こちらの腹の内なんて当然が知る由もなく、
時に振りむいたりしながらも声をかける事はなかった。



賭朗に入りしばらく経った頃、最初にすれ違った。
背丈の余り高くない、黒服さえ着ていない見慣れない女。
見かける度に髪型や身なりが違い、それでも目につくのは
毎度どこかしらに怪我を負っているからだと知っていた。



三度目にすれ違った時、門倉に聞いた。
あの女は何だ。
門倉は少しだけ考え、。そう答えた。



「何よ。あんたいつも見てるわよね」
「気づいてた?」
「誰だっけ?ごめんね、あたし余り詳しくなくて」
「時間あんの?」



門倉には絶対に止めておけと何度も口止めされたのだが、
そんなものを聞く男ではない。
恐らく門倉も知っていて、一応の体で口を挟んだのだ。
興味を持つとまず手で触れ確かめたくなる。



「いいよ」



当のも満更ではなさそうで、慣れているのではないかと感じた。
こういう挨拶代わりの接触には慣れているのではないか。
警戒心などまるでなく、彼女はどこかに連絡をした後、
どこに行くのと話しかけてきた。



ここからは勿論お決まりのコースで、
彼女を助手席に乗せあえての遠回りから夜景の綺麗なコースを選び、
初対面の居心地の悪い会話を楽しみながら幾つかの店をセレクト。
女に選ばせる。



警視庁時代から行きつけの店で食事を楽しんだ後は
ホテルのラウンジへとしけこみ、消耗戦へと縺れこむ。
この女、しこたま酒が強かった。



「あたし酔わないわよ?」
「強いね」
「ここから先に進みたいんなら、他の手を使わなきゃ」
「言うね」



左手の指先の痺れが中々取れないのだとぼやくは、
最早何杯目か分からないグラスを置いた。



「門倉の知り合いなの?」
「まあ、そうかな」
「あいつ、よく止めなかったわね」
「え?」
「あんたがあたしに声をかけるの。絶対止めると思ったんだけど」



だからあたしも声はかけなかったのよとは言う。



「何かあんの?」
「えぇ?そういうの聞いちゃうの?」
「気になるなぁ」
「こんなトコでじゃ言えないわ。続きは…」



まるで酔わない女から直接的な誘いの言葉を頂戴し、断る道理もない。
ラウンジを出、予め取っていた部屋へ向かう。
こちらは体内に割かしのアルコールが蓄積されているのだ。
部屋へ着くとシャワーも浴びずに縺れあい、
とりあえずの一発を終わらせた。



諜報活動を行っているのだとは言った。
賭朗内にそんな部署があると聞いた事はないが、これだけの組織だ。
あってもおかしくはない。
縺れ合っている間は部屋を暗くしていた為に気づかなかったが、
話をする彼女の身体は至る所に傷跡が残る。
明らかに拷問の痕だと見て取れた。



「お前、これは…」
「毎度毎度、本当死ぬんじゃないかと思うわよ。
 いや、死んだ方がマシなんじゃないかって思うわ」



だけど死ねないのだと呟く。



「…何?」
「あたし、感覚を遮断出来るのよ。
 幼少期から凄惨な虐待を受けてたからだって言うヤツもいるし、
 元々の潜在能力だって言うヤツもいる。
 要は理由なんて分からないのよ。
 だけど、自分の意思で感覚を遮断出来る。痛覚を失くす事も出来る」



捕らえられ拷問を受け死ぬところ、死ねない。
痛覚を失くせるからどんな事だって出来る。
これまでもそうやって乗り越えてきたし、
恐らくこれからも同じようなやり方でやり過ごしていく。
傍から見れば余りにも哀れで可哀想な生き物らしい。



「あいつもね、同じような事をしたのよ」
「あいつ?」
「門倉よ、門倉」



あいつは寝なかったけどねと笑う。



「何で寝なかったんだよ」
「そんなの知らないわよ。あたしに聞かないで」
「まあ、それはそれで穴兄弟になるのも微妙だな」



口止めを繰り返した門倉を思い出す。
詳しくは説明せず、だけれど執拗に彼は止めた。
こういう理由だとしたら、納得だ。



「すぐに別の現場に向かう事になるし、次は帰ってこれないかも知れない」
「…」
「だから、寝なかったんじゃないの」



あんたよりも賢明ねと呟き、欠伸を一つ。
身体だけ先に差し出したこんな関係が長く続くだなんて到底思えない。
明日いなくなったって心は揺れ動かないはずだ。



が一、次にすれ違う時はきっと白い包帯に彩られ
欠損を埋めようと奮起しているのだろう。
そんなもの、否応なしに目を引く。
又、声をかける事、請け合いだ。



どうにか自身の部下に、だなんて浅知恵を働かせるが、
そんな浅知恵はとっくに門倉も働かせているはずだ。
笑えない理由は他にあるのだと気づくが、
どの面を下げて聞いていいのかが分からず、
門倉への切り出し方を考えていた。





これ、どうなのよと思いながら
(どんな主人公だよ、とかそういう意味で)
いやしかし、トレンディ南方を書きたかったんだと
暫くはトレンディ南方推しなんだと

私の中の南方は女馴れしてるモテ男です
男にモテるのは雄大くん、女は南方です
だから雄大くんは主人公に手を出さなかったのだ

2016/01/12

NEO HIMEISM