さよならはいわないよ














評判の良くない女だった。
どんな女だったのかと問われればそう答える。
恐らくが誰でもそうで、人の目が評価を付けるのであれば、
彼女は評判の良くない女だという事になる。
実際の所がどうであろうと、
は評判の良くない女であり、気になる女だった。



あの臥煙伊豆湖でさえも言葉を詰まらせる女。
それがだ。
どうやら旧知の仲らしく、この世界での事を最も理解しているのは、
あの何でも知っている臥煙なのだろうが、
結局は評判の良くない女だよと締めくくるのだから、やはりそれは真実なのだ



そうして自分という男はそんな、明らかにケチのついた女が好みだ。
毒を喰らわば皿までと言うし、肉も腐りかけが上手いと言うし、
別に理解を求めているわけではないのだから言い訳を考える必要もないか。
だってきっと、臥煙には知れている。



「…趣味が悪いな、お前」
「そうかな」
「そうだろ」


貝木でさえもそう言うのだからやはり自分と言う男は趣味が悪いのだ。
だって仕方がないじゃない。そう思う。
だって見てよ、あの女。もう完全に病気。
今一番価値のある己を知り、高値で売り出す。
下手に見た目がいいものだから悪目立ちし、様々な噂に彩られる。



真実なんて特に必要ないのだ。
趣味が悪いな、だなんて他人事のように言ってきた貝木だって、
あの性質の悪い女と組んで、より性質の悪い事をコソコソとやっている。
臥煙さんじゃないけどさ、実は知っているんだぜ。



「どこがいいんだよ」
「顔」
「!」
「好みなんだ」
「身体も良さそうだ」
「…ヤった?」
「バカ言うな」



どうだか。











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その評判の良くない女は週に一度くらい自室に戻るわけで、
いつしかメメ自身がその部屋に転がり込んでしまっていた。
バックボーンは謎だが割といい部屋に住んでおり、
主のいない部屋を快適に保つという日常を送っている。
の匂いのするベッドで寝て起きて、
彼女のいないこの部屋で朝食を摂り部屋を出る。



この時点で最も恐ろしいのは、
別にとの間には何かしらの関係が成立していないという事だ。
恋人でもない女の部屋に転がり込んでいる男と、
恋人でもない男に部屋を任せても何とも思わない女。
身体だけ先に交わせば言葉が追い付かなくなり、
何一つの可能性も見いだせないまま流れに身を任せた。



たまに戻るはメメの姿を目にしても特に驚く素振りを見せない。
最初だってそうで、知っていたのだろうかと思ったものだ。
その部屋にメメがいる事を。
臥煙の馴染みだという時点で不思議でなくなる。
あの女はこの部屋ではないどこかで果たして何をしているのだろう。



テーブルの上に置いている携帯が小刻みに震え、着信を知らせる。
の私物だったもので、前回の帰宅時に置いていったものだ。



「…」



相手は臥煙だった。











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「やあ、忍野。君が出るような気がしていたんだ。
 あいつ、はそこにいないんだろう?
 この半月はそこに戻っていないはずだ。
 いや、それどころか、この携帯を君に預けたあの日から、
 もう彼女はこの街にもいないはずなんだ。
 君との間に何かしらの関係性が生まれていたらと思い、
 様子を伺っていたんだけれど、そうも言っていられなくなったからね。
 だから私はこうして君に電話をしている。
 何から話そうか…ああ、そうだな。
 彼女の簡単な生い立ちからでも話をしようか。
 彼女―――――は人であり人でない。
 生き物とては人だけれど、中身はとっくに人でない。
 私が彼女と出会った五歳の頃までは人だったんだけれど、
 次に再会した十五の時、彼女はもう人じゃなかった。
 私はすぐに気づいたよ。そして心配した。
 彼女は十五の少女なのに酷く大人びて、そうしてとても美しかった。
 美しくて人でなかった。人でなしだった。
 調べれば彼女は八歳の時に両親を事故で亡くし、
 我々同様天涯孤独の身になったらしい。
 そんなのはよくある話さ、彼女が人でなくなる程の話じゃあない。
 彼女の母方の実家にはきな臭い噂が多々あってね。
 探りを入れればすぐに出てきた。
 彼女のご両親は事故に見せかけ殺されたのではないかという
 実しやかな噂を手に入れた。
 殺意を持った第三者は母親の実の姉。そうしてその夫。
 姉は金が欲しく、夫はが欲しかった。
 児童買春の前科もある、中々どうして胸糞の悪くなるような男だったよ。
 日に日に美しく成長していくを見て、もう我慢の仕様もなくなったらしい。
 そして妻はそんな夫の姿に激しく嫉妬した。
 事故に見せかけ邪魔者を殺した二人は、一人残されたを引き取った。
 傍目には美談だ。だけど中身は腐ってる。
 事の真相はすぐに知れた。犯されている最中に聞いた。
 そうして自身の家族全てを失った彼女は人でなくなり、それ以外のものになった」



臥煙の声は淡々と紡ぐ。



「私が君にわざわざこんな話をしている理由は一つ。
 昨晩、彼女の養父母が亡くなったからだ。
 が十五の時に姿を晦まし、
 長年行方不明だった彼女の養父母の凄惨な遺体が突如発見されたからだ。
 街中で発見されたにも関わらず、
 遺体は大型の動物に喰いちぎられたような跡が目立っていたと言うし、
 何故か末端部分はミイラ化していたらしい。不思議な話だ。
 それと同時期、が私の所にふらりと立ち寄った。
 人でない彼女はまるで昔のような姿で私を訪ねて来た。
 ようやく全て終わったと、両親の墓参りに行くと言っていた。
 随分遠くにあるそうだ。暫くは戻って来れないらしい。
 暫く―――――彼女の暫くが我々の暫くと同等かは分からない。
 そうそう、君のいるその部屋。
 そこはそのままにしておいて欲しいそうだよ。
 家賃、光熱費はこれまで通り引き落とされる。好きにしていていいそうだ。
 出ていくのも自由、そこで暮らすのも自由。
 只、彼女は暫く戻って来れない。
 それだけを伝えてくれと頼まれたのさ、この私は」

「…随分ご機嫌だ」



ここでなく、自分の元にが訪れた事が至極嬉しかったのだろう。
その、人でなくなる前とよく似た姿で訪れた事が余程。
だから臥煙は長々と昔話を聞かせてみせたのだ。



何でも知っている臥煙の言う通り、は戻っていない。
同じ場所に留まる事は好ましくないし、いいタイミングだ。
通話の切れた携帯をテーブルに置き、立ち上がった。









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部屋を出て向かったのは貝木の家だった。


「…趣味が悪いな、お前」
「いるかなと思ってさ」
「あの女ならいないぞ」



金だけ置いて消えたと貝木は言った。
コソコソとやっていた何かの報酬だろう。
この男を巻き込む以上、相当な金額が発生したはずだ。



「なあ、忍野」
「?」
「どこがいいんだ、あの女」



相当な額を頂戴したはずの貝木がそう問うものだから、
人でないがどんな真似をしたのかすぐに想像がついた。
随分振り回されたと見える。



「顔」
「!」
「好みなんだ」
「まぁ、その感覚で見るなら、身体も良さそうだが。
 俺はそんなに悪食じゃあないんだ、お前と違ってな」
「どうだか」
「…」
「だけどさ。はね。何れ戻って来ると思うんだ、俺は」
「ほう」
「その時は俺のトコに戻って来ると思うんだけど」
「ほう」
「俺はいつまでも待ってるから」
「!」
「いつでも戻ってきてよ、



貝木の背後に向けそう告げ、じゃあねと踵を返した。
まるで、人でない彼女がそこにいるとでも言わんばかりだ。



ドアを閉めれば、人でない彼女が床に座り泣いているものだから、
よかったじゃあないかと見当外れの言葉を吐き出しながら、
同じ罪を背負った女の肩を俺は抱くのだ。




何かもうすごく長くて挙句意味が解り辛い話になってしまって
申し訳ない気持ちしかないんですけど、
とりあえず貝木と主人公の間には肉体関係はありませんという事で、、、
あ、大学時代の話です

2016/01/12

NEO HIMEISM